料理にワインに競馬に文学。F氏のフランス滞在期


by hiramette

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 さてさて、今週末に迫った凱旋門賞。最近宣伝なども増えてきて、盛り上がりを見せつつあります。今年はなかなかの豪華メンバーが揃いそうです。出走馬も大体わかってきたので、今日は一挙にご紹介します。もちろん今後馬の状態などで、変更することも可能なので、その辺はフランス・ギャロのホームページなどでご参照ください。

① Youmzain (ユームザイン)牡6歳:Kieren Fallon (キーレン・ファロン)
昨年と一昨年の凱旋門賞を2着と好走した名馬。今年はサンクルー大賞3着とあまり成績がよくありませんが、ロンシャンの2400メートルは得意です。しかも鞍上が孤高の天才騎手ファロン。楽しみです。

② Conduit (コンデュイット) 牡4歳:Ryan Moore (ライアン・ムーア)
今年のキングジョージ&クイーンエリザベススーテークスの勝ち馬。強いことは間違いないですが、シーザスターズちゃんに結構負けてるのが気になるところ。どこまで本領を発揮できるでしょうか。

③ Vision d’état (ヴィジョン・デタ) 牡4歳:Olivier Peslier (オリビエ・ペリエ)
昨年のフランス・ダービー、ジョッケクラブの勝馬。なかなか安定した走りを見せます。今年に入ってもG1を2勝。休み明けの前走、フォワ賞は二着でした。どれだけ上積を期待できるでしょうか。一雨降って馬場がやわらかいほうが、よく走る子です。

④ Magadan (マガダン) 牡4歳:Anthony Crastus (アントニー・クラスチュス)
ヴィルデンシュタイン厩舎のエース。去年のパリ大賞3着以降、どうも大きいところで勝てません。ただ、休み明けに強い子で、今回もそう。ロンシャンは苦手ではなさそうですが、恐らく穴馬になるでしょう。

⑤ The Bogberry (ザ・ボグベリー)牡4歳: Magomet Kappushev (マゴメッド・カプシェフ)
ロワイエデュプレ厩舎の子。G1級ではあまり走れていないので、人気薄になるでしょう。

⑥ Hot six (ホット・シックス)牡4歳 :Tiago Pereira (ティアゴ・ペレイラ)
ブラジルからはるばる参戦の子。正直情報がないのでわかりませんが、成績を見る限り恐ろしく強い子ではなさそうです。ただG1勝ちもあるので、一応注意しておく必要はあるでしょう。

⑦ Alpine Rose (アルパイン・ローズ)牝4歳 :Gérald Mossé (ジェラルド・モッセ)
サンクルー大賞2着、牝馬限定G1ジャン・ロマネ賞1着となかなか好走しています。鞍上モッセ騎手はいわずと知れたベテランの名手。展開しだいでは面白いことになる可能性があると思います。

⑧ Dar Re Mi (ダレミ) 牝4歳:Jimmy Fortune (ジミー・フォーチュン)
前回もお話しましたが、ヴェルメイユ賞を見事勝ちながら、意味不明なフランスのルールのせいで降着になってしまった子。間違いなくG1級で活躍できる、身体能力と精神力を持っています。個人的にとっても応援しています。JCとか来てくれたらいいですね。

⑨ La Boum (ラ・ブーム) 牝6歳:Thierry Jarnet (ティエリー・ジャルネ)
G1級で好走したことが少なく、間違いなく穴馬になるでしょう。

⑩ Beheshtam (ベエスタム) 牡3歳:Thierry Thulliez (ティエリー・チュリエーズ)
本来ならば、クリストフ・スミヨン騎手が乗るところですが、怪我をしてしまったので、おそらくチュチュことチュリエーズ騎手が乗るでしょう。もし、アルパインローズちゃんがオペラ賞に行ったら、モッセ騎手が乗ると思います。馬は仏ダービー4着でしたが期待されたパリ大賞では大敗。しかし凱旋門賞の前哨戦、ニエル賞では2着と結構な出来でした。ロワイエデュプレ調教師は、去年の凱旋門を制した名調教師。出すならば勿論勝ちを狙っているでしょう。

⑪ Fame and Glory (フェイム・アンド・グローリー)牡3歳: Johnny Murtagh (ジョニー・ムルタ)
英ダービー2着、愛ダービー1着の名馬。オブライアン厩舎のエースです。この子プラスペースメーカーのチームを組んでまたオブライアンさんはロンシャンにやってくるのでしょう。勝つ可能性は十分にあります。

⑫ Sea The Stars (シー・ザ・スターズ) 牡3歳:Mick Kinane (ミック・キネーン)
いわずと知れた大本命馬。間違いなく1番人気になるでしょう。英2000ギニー、英ダービーを連覇した馬は20年ぶり。その後もG1を3つ勝ちました。今のところ弱点が見当たりません。恐ろしく強い馬です。強いて言うなら、今まで多頭数のレースに出たことが少ないことぐらいでしょうか。でも、前から行く馬だし、鞍上のベテラン50歳のキネーン騎手は、騎手になって出会った馬の中で、最高の馬と言っています。彼も89年、99年と凱旋門賞を制している名手。今年勝つと10年ごとに凱旋門賞を勝つという、すごい記録を打ち立てることになります。

⑬ Cavalryman (カヴァルリーマン) 牡3歳:Lanfranco Dettori (ランフランコ・デットーリ)
7月14日のパリ大賞と前哨戦ニエル賞の勝馬。ロンシャン2400メートルは慣れています。ただこの馬も多頭数を経験したことがないため、折り合いが鍵になるでしょう。青鹿毛の美しい馬で、たしかお尻の左のところに小さい古傷があります。名将アンドレ・ファーブル調教師の管理馬で、デットーリが乗るとなれば、結構な人気になると思います。10万ユーロ(約1300万円)という破格のお金を払って追加登録します。勿論勝つ気でしょう。

⑭ Stacelita (スタセリタ) 牝3歳:Christophe Lemaire (クリストフ・ルメール)
さてさて、この子が恐らくシーザスターズちゃんの次の2番人気になる3歳牝のスタセリタちゃんです。ルジェ厩舎のエースで、一応成績上は負けなしです。実は、前走のヴェルメイユ賞でダレミちゃんに負け2着だったのですが、ダレミちゃんが降着になってしまったので、ラッキーな勝利でした。ただ、世代トップの力を持っていることは確か。仏オークス、ディアーヌ賞を4馬身ぶっちぎって勝ったのは決してまぐれではありません。54・5キロという斤量も魅力。前のほうから行って残ってしまっても決して不思議ではありません。鞍上のルメさんは日本でもお馴染み。今年は絶好調です。

備考:これに加えて、ドイツの馬ゲッタウェイちゃん(牡6歳)が参戦してくる可能性があります。この子は9月のドイツ・バーデン大賞の勝ち馬で、一昨年の凱旋門賞は確か4着でしたが、去年は馬群に沈みました。雨が降らないとだめな子で、今のところ天気予報は晴れなので、厳しいかと思います。オブライアン厩舎のペースメーカーを2頭ほど加えると16頭ぐらいの出走になると思います。

ということで、また詳しい情報がわかれば更新するかもしれません。お楽しみに!


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by hiramette | 2009-09-30 21:39 | 競馬

 こんにちは、今日も元気なF氏です。
 ここ一ヶ月にわたって、『酩酊と饒舌のあいだ』を応援いただきありがとうございました。思いのほか長い話になりましたが、いろいろな人からご感想をいただき、大変励みになりました。これからまたいつもの通りフランス生活をレポートしていきますのでよろしくお願いします。

 さてさて、つい先日またまた僕の友人で、調教師のガロリーニさん宅にお邪魔してきました。メゾンラフィットは何度行ってもいい街です。フランスの首都パリから20分ぐらいでいけるのに、馬がいて、自然があって、本当にきれいな街です。

 現在ガロリーニ厩舎には50頭前後の馬がいますが、実は彼の家にはその他の動物もたくさんいます。今日一挙にご紹介しましょう。

 まず、最近仲間入りしたバルビドゥーちゃん。隣の人が出て行ったときに捨てられてしまった猫ちゃんをガロリーニ宅が受け入れることに。まだ慣れてないようでしたが、馬といるのも悪くないと思っているようです。

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 次にジャックラッセルのイネス。おばちゃんです。僕は個人的に稲子さんと呼んでいます。

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 ガチョウも3羽。近づくとガアガア鳴いて怒るので、まだ仲良くなれていません。残念。

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 次に馬房ではなく、普通の柵の中で飼われているSac à pucesちゃん。別名シャッキー。なんと12歳の現役競走馬です。と言ってもレースにはほとんど出ず、のんびりと過ごしています。たまにレースに出るときも、ぜんぜん勝たなくてOKという感じ。にもかかわらず、先週久しぶりに走ったとき19頭中4着に入りました。すごいです。人間で言ったら40代後半ぐらいのおっさんです。

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 なぜか同じ柵の中でヤギが飼われています。ビケットちゃん。馬とほとんど同じものを食べてすごしています。馬用のビスケットが好物。

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 もちろん、競走馬ちゃんたちもたくさんいます。みんな仲良しです。

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 そしてこちらガロリーニ家の王子、チェザーレちゃん。超男前です。将来すばらしいジョッキーになるのでしょうか。今から楽しみです。

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 いよいよ凱旋門賞も近づいてきました。今から楽しみです!英愛オークス馬のサリスカちゃんは、一雨降らない限り出走を見送るようですが、その他の皆さんは結構順調のようです。英ダービー馬、シー・ザ・スターズを生で見るのがたのしみです。

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by hiramette | 2009-09-30 07:45 | 競馬
最終話 君と共に旅立とう〜Con te partiro’

 ウフィッツィ美術館の外に出ると、建物のあいだから生暖かい風が吹いていた。僕たちは、急いでホテルに戻らなければならなかった。朝、女主人に、夜行列車で帰るので、チェックアウトした後も荷物だけを預かってもらうように頼んだのだ。彼女はそれを了承してくれた。そして、遅くとも7時までには戻ってきてください、と言った。

 僕たちが歩き出そうとしたとき、ギターの音が聞こえてきた。美術館の入り口の前で、40代ぐらいの髭を生やした男性がアコースティックギターを弾いていた。周りには数十人の人が集まって演奏を聴いている。ギターケースが彼の前に開かれたまま置いてある。その中には金色と銀色の小銭がたくさん入っている。自分でCDも作って売っているようで、その横に自分の写真が入った2種類のCDがそれぞれ数枚飾られていた。一枚15ユーロ、2枚25ユーロと書かれている。どうやら本格的なミュージシャンのようだ。

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 ギターの音は暖かい風にのって、入り口の広場に集う人々を癒す。ほとんどが旅行者らしき人だ。ギター奏者が指をはじくと、アンプリファイアーを通して、大きな音が周りに響く。高い建物に囲まれた場所で弾いているので、楽器の音は石の壁に反響する。この空間全体がコンサートホールのように見える。

 僕は、彼の曲を聞いていた。ええ曲やな、とモモちゃんの方を見て言うと、これ「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」やな、と彼女はギターのほうを見たまま答えた。かつてその曲を聞いたことがあるような気がしたが、題名は知らなかった。ふうん、そんな曲なんや、と僕は独り言のようにつぶやいた。モモちゃんは、ピンク色のデジタルカメラを取り出して動画を撮影した。ギターを弾く人と、その音色と、そして周りに集う人の様子。ゆっくり一周回りながら、自分を中心とする広場の様子を撮っていた。それが終わると、彼女は再びカメラをしまって、深い息を吐いた。さあ、そろそろ行こか、あんまり時間ないし。

***

 ホテルで荷物を受け取ると、女主人に挨拶をして、僕たちは駅に向かうことにした。帰りの夜行電車の時間は21時8分で、まだ2時間ほどあったが、時間をつぶす場所もないのでとりあえずバスに乗ってフィレンツェ・サンタマリア・ノヴェッラ駅へと向かう。ホテルの女主人は、パリ-フィレンツェの直行便もあるから今度は飛行機で来ればいいんじゃないですか、と言った。僕は慌てて弁明する。いや、僕は電車が好きで、夜行列車を使うのを決めたのは僕なんですよ。その方がロマンチックでしょ。言い訳する僕の横で、モモちゃんは少し苦笑いしていた。

 公園の前のバス停で、オレンジ色のバスが来るのを待っていた。あたりは少しづつ暗くなっていく。まだ8時にもなっていないのに、パリに比べて随分日が暮れるのが早い。空は少し曇っている。もうすぐこの旅行が終わるのだ、と思うと少し憂鬱になる。僕は石畳の道に膝をついて、赤いスーツケースとともにバスを待っているモモちゃんを写真に収める。もうすぐフラッシュをたかないと、写りが鈍くなってしまう。できるだけ街に光が残っているうちに、僕は彼女の姿とフィレンツェの景色を収めておきたいと思う。そのとき、オレンジ色のバスが大きく上下に揺れながら、石畳の道の上を走っててくる。僕はあわててカメラをしまうとスーツケースに手をかける。二人がバスに乗ると、またバスはゆっくり動き出す。もうしばらくは見ることのできないだろうフィレンツェの町並みを見ながら、僕は揺れに身を任せた。

 フィレンツェ・サンタマリア・ノヴェッラ駅周辺は、鬱屈とした感じで倦怠感と危険な香りを漂わせていた。どこの国でもそうなのだろうが、大きい街の中央駅はやはり危ない。もう何日も洗われてないであろう擦り切れたジーパンを履いた、ボロボロのビニール袋を持った人が、駅構内をうろついている。スーツケースを持ったまま、こんなところで一時間以上も待てるはずがない。僕とモモちゃんは、時間をつぶす場所を探すために再び駅から出る。途中、地下の商店街を通ったが、既にほとんどの店が閉まっていて、余計に僕たちを不安にさせる。ようやく地下道を抜けたところに、汚い噴水があり、その向かいに見える小さなバールで僕たちはミネラルウォーターを買って、しばらく居座ることにする。ところが、10分もしないうちに、店員がモップを取り出して掃除を始めた。

「なあ、なんかもう店閉めようとしてはるで。どないする?」

 困った声でモモちゃんが僕に言う。

「せやなあ、こまったなあ。でもまあとりあえず、晩ごはん買って電車に乗らんと食べるもんないから、ピザかなんかでも買いにいこか。まあ実際、今買うたら早すぎるし、食べるとき冷めてあんまりおいしないかも知れんけど」

「せやけど、行くとこもないし、この駅の裏の通りでもみて、持ち帰りピザやってくれるとこ探そか」

 二人は立ちあがると、重い足取りで歩き始めた。バールから数十メートル行ったところに、細い通りがあり、そこで左側を見ると、小さいピザ屋さんが見えた。テラス席で何人かの人が食事を始めている。僕は接客をしているウェイトレスさんに、持ち帰りができるか尋ねてみる。ええ、できますよ奥の方に行ってください、と彼女は言う。僕たちはスーツケースをもったまま一番奥に進んでいく。そこには、大きな石釜があり、小さい白髪のおじさんが生地をこねてピザを焼いていた。僕たちは「プリマヴェーラ」という、ハムとアーティチョークが入ったピザと、「サルシッチャ」というソーセージ入りのピザを注文する。
 
 おじさんは僕たち二人の顔を見て微笑むと、生地を麵棒のようなもので広げて、その上にトマトソースを塗り、具をのせ、最後にモッツァレラチーズをのせて釜の中にすばやく放り込む。そのすばやい手つきを見ながら、このおじさんはもう何十年ピザを焼いているんだろうか、と思う。冷静に、均質なものを作り上げていく彼の腕を見ながら、僕は職人とかプロフェッショナルという言葉を思い出した。ほんの5分ぐらいで熱いピザが出来上がった。モモちゃんがその長細い箱を二つ持つ。ピザを焼くおじさんに軽くお辞儀をすると、モモちゃんはうれしそうな顔で店を出て行く。僕も赤いスーツケースを持って、そのにおいについていく。隣に小さい食料品店があることに気付いて、あっちょっとまって、ビール買うとくから、と先に颯爽と歩くモモちゃんを呼び止める。

 僕たちは、再びフィレンツェ・サンタマリア・ノヴェッラ駅で待っていた。駅の電光掲示板を見る。ローマ・テルミニ駅からくるパリ行きのユーロナイト226号は25分遅れと記されている。できるだけ時間をつぶしてきたつもりだったのに、まだ余分に待たなければならない。早く列車に乗って安心したいと思う。外はもう真っ暗だ。駅には電灯がともっていたが、光が弱く薄暗い感じがする。電車に乗る人、降りる人、多くの人間が行き交っている。僕たちは、スリに狙われないように背後が安全な場所を探して座り込む。隣には夜行電車に乗ると思われる、大きなスーツケースを持った、若い女の子が地面に座っている。その隣にはフランス語で話をしている黒人の家族がいる。きっと彼らもパリ行きの夜行列車に乗るのだろう。モモちゃんは相変わらずピザの箱を二つ重ねて持っている。荷物を何にも持っていない怪しそうな男が駅の中を行き来している。なあ、あの人絶対怪しいで、モモちゃんは男を見ながら言う。あ、あの人も怪しい。ほら、あっちも。そんなことを2人で言い合っていると、なんだか周りが全員敵に見えて心細くなる。

 やっと僕たちの列車がつくホームの番号が、電光掲示板に記された時には、駅に着てからもう1時間近く過ぎていた。モモちゃんは、あ、11番線や、というと急いでホームに向かう。僕は、ちょっとそんなに急ぐことないやん、といいながら慌てて彼女についていく。

 96号車の65番、66番というのが僕らのベッドの番号だった。モモちゃんは先に乗り込んで、コンパートメントを探す。僕は赤いスーツケースを担いで車内に乗り込む。コンパートメントの扉を開けると、おばあさんが2人真っ暗な部屋の中、カーテンを閉めて寝ていた。しまった、また相席になってしまった、と頭を掻く。恐る恐るモモちゃんのほうを見ると、もう仕方ない、という割り切った表情でスーツケースを荷台に上げようとしている。部屋が真っ暗で何も見えないので明かりをつける。二人は梯子のようなものを使って、二段ベッドの上段に登る。僕はパジャマに着替えて、モモちゃんは化粧を落とす。おばあさんが一人、僕たちに気がついて、電気を早く消してくれとフランス語で言う。僕は、まだご飯も食べてないので、しばらく待ってください、と頼む。モモちゃんは、僕の向かいにある上段のベッドの足元に備え付けられている網棚の上にピザの箱を置いて、それを開ける。彼女がが手でちぎってくれたピザを僕が手を伸ばしてもらうことにした。二人はできるだけ音を立てないようにしてもくもくと「プリマヴェーラ」を食べた。間もなくして、列車がフィレンツェ・サンタマリア・ノヴェッラ駅を出発した。残念ながらカーテンを閉めてしまっているので景色が見えない。仕方なしに、鉄道が枕木に触れるゴトン、ゴトンという音を聞きながら、僕はこの街に別れを告げる。

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 食事が終わると、それぞれ交代で歯を磨きに出て、またベッドの上に戻ってきた。最後の記念にモモちゃんに寝台車のベッドにいる自分の写真を何枚か撮ってもらった。暗い部屋の中、モモちゃんはデジタルカメラで何枚かの写真を撮って、うれしそうにしている僕に微笑み返してくれた。そろそろもう寝よか、とモモちゃんが横になって小声で僕に言う。そうやな、下のおばあさんも寝とるし、その方がええな。まだ眠くはなかったけれど、しゃべっているわけにもいかないと思ったので、僕は読みかけの小説を再び開いた。 

 女性の視点から書いたというその小説を読んでいた。最初は、それを読んでいるうちに寝付ければいいと思っていた。ところが、それが面白いからか、あるいは単に本の背表紙が赤いせいか、なかなか寝付けそうにもなかった。モモちゃんが向かいから、暑いと言った。確かにあんまり冷房が効いてなかったので布団を被るとうっすら汗をかくぐらいの暑さだった。僕は、モモちゃんに足を伸ばすように言う。さっき駅前の食料品店で買った缶ビールを彼女の足の裏に当てて冷やしてあげる。ああ。それ結構気持ちええな、モモちゃんは寝転びながら細い声でそういった。

 しばらくそうしていると、モモちゃんはもう大丈夫、あたし寝るから、と言って毛布を被った。僕は枕元にある豆電球をつけて、再び小説を読み始めた。寝台列車に揺られながら、僕はフィクションと現実の狭間を浮遊していた。この非日常的な旅行も、もうすぐ幕を閉じようとしている。しばらくすると僕は、一旦本を閉じて残っている缶ビールを一口飲む。炭酸が僕の喉を快く刺激する。スーツケースの置かれた網棚を見た。この5日間に起こった様々な出来事を思い出していた。様々なものが目の前に立ち現れては、また去っていく。僕は、それらの世界に酔っていたのだった。気持ちいいことのあった後に、僕はよくしゃべった。モモちゃんも陶酔したあとに必ず何かを伝えなければならないかのように、僕に話した。そのとき僕は彼女の言葉を写す白い紙であり、また彼女の言葉を際立たせる余白だった。何かにインスピレーションを受けて陶酔がさめる頃、そこから養分を汲みだし、今度は自分自身が何かを作り上げなければならない。二人はそのことをよく知っていた。

 頭の中を小さい記憶と生まれかけの発想が飛び交っている。僕は再び起き上がって、残りのビールを全部飲み干した。寝る前にもう一度トイレに行っておこうと、梯子の階段を下りようとする。モモちゃんはあれほど知らないところでは寝られないと言っていたのに、毛布に包まって気持ちよさそうに寝ている。僕はベッドからはみ出した左手をそっと手に取ると、手の甲に小さくキスした。

***

 モモちゃんの家まで荷物を運んで、ポルト・マイヨーの自宅に戻ってきたとき、空から穏やかな光がパリ中に射しているのに気がついた。地下鉄を使って帰ってきたからそれまで気がつかなかったのだ。窓の外のずっと先にはサクレ・クール寺院がくっきりと見える。久しぶりに見るその教会に向かって、僕は軽く会釈する。大きな窓を開けてみた。涼しい風が吹き込んでくる。うす青い空が広がっている。今日は秋日和だ。僕はパリについてから早速買った競馬新聞「パリ・チュルフ」紙を眺めた。ここ一週間ぐらいのレース結果はどうだったのだろうと思いながら新聞をぱらぱらとめくる。机の左側にあるポットのスイッチを入れてコーヒーを沸かす。ぼこぼこぼこという音のあとに湯気が広がる。また、いつもと何にも変わらない日常が始まる。

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 頭の中では、まだあの曲が流れていた。ウフィッツィ美術館の前でアコースティックギターで聴いたあの曲だった。帰りに立ち寄ったモモちゃんの部屋で彼女がパソコンをつけてその曲について調べた。二人はもう一度この曲が聞きたかったのだ。彼女はいつものようにリズミカルにキーボードを弾いた。「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」と言っていた曲は、実はもともとは イタリア人歌手のアンドレア・ボチェッリが歌う「コン・テ・パルティーロ」という曲だったということがわかった。モモちゃんは動画サイトにあったその曲を再生した。アコースティックギターだけだったあの曲が、今度は声とともに聞こえてきた。最初は別々だった男と女の2人の声が、最後に重なり合った。僕らはその曲を静かに聞きながら、久しぶりのバゲットにバターとジャムを塗って食べた。

 僕は口笛を吹きながら、さっき聞いたメロディーをこの小さなアパートまで運んできた。今でもまだ頭がその曲に占領されてしまっている。熱いコーヒーを一口飲んだら思わず、を、と間の抜けた声が出た。砂糖を入れ忘れたことに気づいたからだ。机の一番下の引き出しからハート形の砂糖を一粒取り出し、湯気が立つ黒い液体に落とした。ぽとんという代わり映えのない音のあとに、小さい波紋が広がった。「コンテ・パルティーロ」の歌詞が気になって、パソコンで調べてみた。綴り字がよく解らなくて、適当に打ち込んだらパソコンが修正してくれた。僕は苦笑いしながら画面を眺める。いろいろ見ていると、イタリア語の原文に和訳のついたページにたどり着した。僕はそこに書かれた歌詞をじっくりと眺める。


Quando sono solo
sogno all’orizzonte
e mancan le parole,

私が1人のとき
地平線を前に夢見る
そして言葉が足りない


Si' lo so che non c’e' luce
in una stanza quando manca il sole,
se non ci sei tu con me, con me.

わかっている 部屋には光が射さないことが
太陽がなければ
きみが私のもとにいなければ


Su le finestre
mostra a tutti il mio cuore
che hai acceso,
chiudi dentro me
la luce che hai incontrato per strada.

窓の上で
みんなに見せておくれ
きみが灯をともした私の心を
私の心の中に閉じ込めておくれ
道のりの中で きみが出会った光を


Con te partiro'.
Paesi che non ho mai veduto e vissuto
con te,
adesso si' li vivro',

きみとともに私は旅立つだろう
見たこともない 体験したこともない国々を訪れるだろう
きみとともに
今こそ、実感できるだろう


Con te partiro'
su navi per mari
che, io lo so,
no, no, non esistono piu',
con te io li vivro'.

きみとともに私は出発するだろう
数々の船にのり、数々の海を越えて
私は知っている
もう存在しない海の数々
きみとならば私は体験できるに違いない


 Con te partiro’=君とともに旅立とう。モモちゃんと二人で、景色を見ること。絵を見ること。ごはんを食べること。感じ方が違うからこそ、お互いのために、それぞれに足りない言葉を紡いでいけるのだろうと思った。その中で、ぴたりと何かが重なり合う瞬間があるからこそ、共に見知らぬ土地へ旅立てるのだと思った。今まで、僕は誰かが作ったレールのうえを歩いてきていたのかもしれなかった。真っ白な大地に放り出されるのを恐れていたのかもしれなかった。けれども旅をすることで、様々な道を歩いた。僕たちの向かう場所を求めて、目の前にある道を歩き続けた。

 ふと、もうこれ以上進むレールが敷かれていないこの場所から、新しいレールを作ってみようと思う。この5日間で陶酔とともにインプットしたものを自分の中で消化し、体全体から新しいものが滲み出し、ついには何ものか生まれ出る瞬間まで、思考を繰り返してみよう。パソコンの文書作成のページを開いた。僕は、これから眼の前にある何にもない白い画面に向かって文章を打つだろう。文字でできたレールはまっすぐの線になって続いていくのだろう。それは、きっとすぐには進まないだろう。僕の作るその細いレールの上には、読点という踏み切りが、そして句点という小さな駅がたくさん作られるだろう。僕は各駅停車並みにゆっくりと、しかし確実に進んでいくことだろう。
 
 僕は大きく深呼吸すると、軽く目を閉じて、頭の中にあるイメージを定着させようと試みた。小さいころに見た夢の映像が浮かんでいた。自分の家の前を瞬く間に通り過ぎて行った、あの列車の夢を、僕は、自分の言葉をつかって、今、ゆっくりと、書き始める。

<了>


歌詞出典:NHKラジオ『まいにちイタリア語』2008年11月号


バックナンバーはこちらから。
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 1. 僕の夢
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 2. 解放と警戒
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 3. のどかな午後
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 4. ぼったくり
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 5. 一日中、海を見ている暇はない
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 6. 偶然の幸福
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 7. 彼女の夢
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 8. 彼女の夢のつづき
酊と饒舌のあいだ-Bianco- 9. マリアの衣


Nanetteちゃんが綴るRossoはこちらから。
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 1. 彼の夢
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 2. 解放と警戒
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 3. のどかな午後
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 4. ぼったくり
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 5. 一日中、海を見ている暇はない
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 6. 偶然の幸福
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 7.私の夢
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 8.私の夢のつづき
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 9. マリアの衣


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by hiramette | 2009-09-27 05:53 | 小旅行
9. マリアの衣〜Il vestito di Madonna

 ウフィッツィ美術館には特に興味はない。モモちゃんはそう言っていた。あんまりみんなが行くところよりも、自分が行きたいと思ってたところに行きたいねん。わたし、パラチーナ美術館に行って「聖母子像」も見れたし、もうそれで結構満足やし。

 僕たちは今、テアトロ・ヴェルディという劇場近くの小さいトラットーリアで昼ごはんを食べている。モッツァレラチーズ、アンチョビ、レタス、トマトが入ったサラダにたっぷりバルサミコ酢とオリーブオイルをかけて食べたあと、モモちゃんはニンニクのトマトスパゲッティーを、僕は骨付き牛肉の煮込み、オッソブッコ・アッラ・フィオレンティーナを食べている。

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 最終日の朝、僕たちは遅めの朝食を取ると、まずサン・マルコ美術館に出かけた。そこは小さな美術館で人も少なかったが、派手な額縁に彩られた絵画とは違う、素朴で宗教的な美しさが待っていた。教会の壁面に直接描かれるフレスコ画は、長い時の重みを感じさせた。中には色がくすんで消えてしまいそうなものもあった。僕は建物の一部に直接絵画を描くという手法に驚いて、同じようなモチーフの絵を眺めていた。立体的に描く手法が確立されていなかったからか、光輪が頭上ではなく顔の後ろに描かれているのが印象的だった。

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 サンマルコ美術館を出たあとは、ガイドブックで調べた店で昼ごはんを食べるつもりでいたが、モモちゃんが途中の道で見つけたアカデミア美術館のメイプルソープ展を見たいといった。日本の大学院にいたころ写真の授業に出ていて、そこでたまたまこの写真家のことを知ったらしい。ダビデ像の写真を撮ったことからもわかるように、彼の撮る人間は彫刻のようで、生物性を排除された肉体がオブジェのように写されている。僕たちは広い空間に並べられた有名な彫刻を見るよりも、特別企画展の小さい部屋の、男の裸体の写真をゆっくり眺めた。

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 僕は骨の周りについた牛肉をナイフで切り取っていた。牛肉をじっくり煮込んだ料理は初めての味で、僕の舌には、ワインを少しと肉のにおい消しに柑橘系の何かを使っているということぐらいしかわからなかった。モモちゃんはスパゲッティーがおいしいおいしいと言って、うれしそうに頬張っている。頭上からは冷房の涼しい風か吹いてくる。午前中に溜まった疲れがほぐれて、消えていくのを感じる。

 僕はもう一度ウフィッツィ美術館に行きたかった。8年前に出会ったボッティティチェッリのヴィーナスにもう一度逢いたかったのだ。決して美術に詳しいわけではないけれど、この絵を見て8年前と同じ印象を抱くのか、それともちがった見方をするのかを知りたかった。つまりはボッティチェリの絵を通して、僕がこの8年間でどれだけ変わったのかを理解したかったのだ。だから僕は、特に乗り気ではないモモちゃんをウフィッツィに誘った。行き先の一番後ろに付け足してもらった。もう午後の3時半を過ぎている。美術館は6時半に閉まるし、そのあとホテルに荷物を取りに行って帰りの夜行列車に乗らなければならない。ほんの2時間あまりしか美術館にはいられない。けれども僕はもう一度あの絵を見てから、この旅行を終えたかった。

 デザートに頼んだパンナコッタを軽く平らげると、僕はモモちゃんが食べ切れなかったティラミスももらった。コーヒーを飲み終えると、僕らは勘定を払った。遅い昼食だったので僕らが最後の客だった。給仕係のおじさんが、ありがとう、と素直な笑顔で微笑んでくれる。やはり、フィレンツェの人はベネチアの人よりもずっと生真面目だと思う。
 
 僕たちは、小さい通りをすり抜けるようにして歩いた。やはり今日も猛暑だが、それももう体感することができないのだと思うと少し寂しい気もした。パリに戻ったらきっとすっかり秋の気配だろう。暑い暑いと言うことができるのも贅沢だと思った。パリの夏は短く、そして暑くない。細い迷路のような道を南の方向を意識しながら、しかし適当に歩いていくと大きな広場に出た。シニョーリア広場だ。パラツォ・ヴェッキオとウフィッツィ美術館が見える。僕たちは迷わず美術館に向かって歩いていく。道草をしている暇はない。

 もう夕方近いからか、入場を待つ行列は短かった。僕たちはイギリス人っぽい観光客の後ろに並んで待っていたが、10分もすると建物の正面入り口に入ることができた。チケットを買って、階段を登っていく。ウフィッツィは3階建てで、まず3階に上って徐々に降りていくという順路を取るが、ほとんどの絵は3階にあった。僕らはそこを時間をかけて見ることに決めていた。

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 フロアーにつくと、示された順路の通り、1番と番号のついた小さな部屋から絵を見ていく。パンフレットによるとU字型の建物に沿って、45の部屋を見て回ることになる。番号は多少の変動はあるが、一応時代順に並んでいるようだ。古代の絵に始まり13世紀、14世紀と時代が進んでいく。そして、ルネッサンス初期の絵画になる頃から、僕はヴィーナスとの再会に少しずつ緊張してきた。ついにボッティチェッリの部屋にやってきた。入った瞬間、目の前の壁に飾られた「ヴィーナスの誕生」が目に飛び込んできた。8年前の記憶がよみがえった。あれは晴れた3月はじめの朝だった。やさしい春の日差しに照らされたヴィーナスは僕を魅了した。彼女が今、再び僕の目の前に立っている。

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 画面の左側では、西風ゼヒュロスが風を吹かせている。海の泡から誕生したヴィーナスをキュプロス島へと運ぶのだ。ヴィーナスの金髪はその風になびいているのがわかる。右手には季節の女神ホーライが歓喜とともに彼女を迎え、神々の衣を彼女に纏わせようとしている。この後ヴィーナスは体をあらゆるアクセサリーで飾ったあと、神々の元へ行く。そこで彼女の金髪は皆に賛嘆されるのだ。

 ギリシャ・ローマ神話の復興を契機として、人間の感性の横溢を謳ったルネッサンス。その象徴のような絵が僕を再び夢中にした。初めて見たときも感動はしたが、今ではもっと具体的に感動することができる。8年前この絵を見てから僕は東京に帰り、ランボーを読んでギリシャ・ローマ神話を知った。その後、修士論文ではランボー初期の詩「水から立ち現れるヴィーナス」を分析した。だから、今では女神がどういうものなのか、何の象徴なのか少しはわかる。面白いものだ。具体的にわかればわかるほど対象が興味深く見えてくる。僕は絵に近づいて、もう一度細部をを観察する。

 初めて美術館に行ったとき、心から感動したものだった。実際に間近で、画家が見るのと同じ距離から、筆の一本一本のタッチを見ることができたからだ。オルセー美術館でルノワールの絵を目にしたとき、遠くから見ると人の形状を成しているものが、接近してみると筆が織り成す細かい無数の線からなっているという当たり前の事実に気がついて感動した。そして、何かを創り出すということは、この目の前にある一本一本の筆のタッチを大切にすることなのだと思った。適当に描いてできる名画などない。細部にいたるまで計算して、一本の線が全体にどのような意味を持つのか考えながら描かなければならない。例えば小説家がひとつの作品を書き上げるときに、一文、一表現、一単語にこだわり、それらの配置について熟考しなければならないように。ボッティチェリの絵画の細部を見ていたら、肉体が作る影にまで細心の注意を払っていることがわかった。彼はまるで出来上がる大聖堂の具体的な形を想像できる石切職人のように、全体の構図を考え、完成図を脳内のカンバスに描ききった上で、それを具現化している。

 僕は「ヴィーナスの誕生」を一通り見ると、同じ部屋にある他の作品を見た。例えばPala de san Barnadaと題された絵は様々な聖人とともに聖母マリアに抱かれたイエスが描かれている。その人々の配置の仕方といい、絵のタッチといい、どことなく最近見かける日本の漫画絵に似ている。彼のこの描き方にインスピレーションを受けて、西洋的なモチーフの絵を描いた日本人も多いことだろう。次に有名な「春」を観察した。半透明のベールに包まれた女神たち。その肉体の露出度と柔らかさから、人間の生の肯定と感性の解放が伺える。実際に目にするのはまだ2度目なのに、僕はこれらの絵にどことなく親近感を覚える。中世の絵も確かに美しいが、どことなく息苦しく居心地が悪い気がした。何かに抑圧されているような気がするのだ。ところがボッティチェリの絵画、とりわけ彼の描く曲線は、人間が自然に持つ肉体と心の躍動感を与えてくれる。

 僕を、そして何よりもモモちゃんをいっそう魅了した絵が、ボッティチェリの「受胎告知」だった。「受胎告知」は宗教画の中でももっとも主要なモチーフであり、昨日パラチーナでいくつか眼にしたし、今朝サンマルコ美術館でもフラ・アンジェリコの描く「受胎告知」を見た。しかし、ボッティチェリの描く「受胎告知」は他のどの絵画とも全くちがっていた。

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 絵の左で跪いて、キリストの受胎を告げる天使ガブリエラは真剣は面持ちでマリアの腹部を凝視し、その右手は何かを鷲づかみにするような荒々しい形をしていて、暴力性を兼ね備えている。他方告知をされるマリアは絶望的な青白い顔をして目を閉じ、ガブリエラの暴力性を拒んでいるように見える。両手で防御の壁をつくり、もうそれ以上近寄らないでください、と言っているかのようだ。私は神の子など身篭りたくはありません、ただ普通の人間として、しかし自分の思うように自由に生きたいのです、と。衣服の色はさらにインパクトを与える。青で覆い隠さなければならないはずのマリアの赤い衣が少しはだけて露になっているのだ。宗教的なモチーフを選択しつつ、あえて受胎を拒むかのようなマリアを描くことで、逆説的に神中心の文化を否定し、人間の解放を連想させるような絵画。つまり聖なるものを利用して神を拒絶する冒涜的な宗教画だ。

 この絵は、同時にモモちゃんにも衝撃を与えたらしい。最初付き合い程度に絵画を見ていた目が真剣な目に変わった。

「この絵おもしろいな。この赤い色の使いかたがおもしろい。ほら、この赤い衣の部分をなぞっていったら、ちょうどレンズのような形になるやろ、赤い服のひだと一緒に見たら女性性器にみえへん?ガブリエラが、無理やりマリアの腹部に襲い掛かるみたいな格好になっとると思わへん?」

 もう一度絵画をよく観察する。確かにそのように見える。なかなか斬新な解釈だと思うと同時に、画家の人間の描き方の大胆さに驚いた。モモちゃんは自分が興味を持ち出すと、突如饒舌になる。この部屋中にある絵画をすべて説明ししまいそうな勢いでしゃべり続ける。結局はまったな。僕はにやっと笑いを浮かべる。自分の来たかった美術館につれてきて彼女が喜んでくれたことは、僕にとってはこの上なくうれしいことだった。僕たちは大学に入りたての、美術史を勉強し始めたばかりの学生のように、見るもの見るものに触発されてお互いの思いを語り合う。この心地よい陶酔感をお互いに伝え合いたくてしょうがないのだ。モモちゃんはさらに、自分のメモ帳を取り出して、作者の名前と作品名を書き写した。

 続いて二人は、レオナルド・ダヴィンチの部屋に入った。僕たちは、彼の「受胎告知」の前で立ち止まった。額縁に記された年号に眼をやる。1472年と記されている。さっき見たボッティチェッリのものが1489年〜1490年と描かれてあったから、それよりもおよそ17年も前に描かれたことになる。しかし実はレオナルド・ダヴィンチはボッティチエッリよりも7歳年下で、この「受胎告知」は彼が20歳のときに描いた作品だということを知って驚いた。彼は自然科学分野でも傑出した才能を見せつけただけあって、その絵は緻密に計算されていた。天使ガブリエラには先ほどのような暴力性はなく、逆にその顔の表情は冷静さと知性を兼ね備えているように見える。本を読んでいるマリアの赤い衣も、決して派手な色ではなく淡い色使いになっている。背後に見える針葉樹林のような4本の木はほぼ均等な幅に並べられており、さらにその後ろにうっすらと山が見える。ボッティチェッリのものと比べて随分立体的だ。

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 僕とモモちゃんは、それぞれの画家のマリアの衣の色使いに興味を持って、朝見たフラアンジェリコのものがどうだったとか、昨日のパラチーナ美術館のラファエロのものはどうだとか、記憶をさかのぼって比較してみる。同一のモチーフを用いていながら、全くちがう絵に見えるのが面白い。そういえば、かつてのフランス文学においても、新しい話を作ることが文学者の仕事ではなくて、同じモチーフをどのように表現するかが彼らの腕の見せ所であった。ギリシア・ローマ神話や民間伝承の話から端を発して、そこに何を読みとるのか、どのような人生の比喩を感じ取るのかによって、全く描かれる世界は異なってくる。最近、奇抜なアイデアや突飛な発想で人を寄せ付けようとする映画や小説をよく見かける。けれど、多様な「受胎告知」をみていると、本当は奇抜なテーマなどいらないことに気付く。誰もが思いつくようなありきたりなものでもいい。問題は何を描くのかということではなく、どう描くのかということが問題なのだ。

 絵画を見ていると、次第に自分の研究対象である詩人ランボーのことを考えるようになっていた。たとえ、この詩人を研究する人間が世界中に五万といても、自分にしか描き出せないランボーがあるのだと思う。同じ「受胎告知」をモチーフにした作品でも、その捉え方によって全く異なるいくつもの「受胎告知」が出来上がったように。独自の観点を見つけ出すのはとても困難で、骨の折れることなのかもしれない。しかし、自分なりの読み方を通して、今まで明らかにされてないランボーの一端を明らかにすることができるのではないかと思う。僕は今読んでいる「錯乱㈼」という題名の詩を思い出す。自分は何を目的として、何を知りたくてそのランボーの詩を読んでいるのか再び考える。そんなことを考えながら部屋を回っていると、時間だけが瞬く間に過ぎ去ってしまった。

 モモちゃんと僕は3階のギャラリーを見終えて、ウフィッツィ美術館のカラフルな中央廊下に出た。二人は恍惚の時を歩いていた。2人ともあまり言葉数は多くないけれども、きっと僕たちは同じようなことを考えているに違いなかった。僕は窓の外を眺めていた。相変わらず空は透き通るような青さだ。日に照らされて輝くアルノ川が見える。何百年もの歴史を支え続けてきたオレンジ色の屋根が見える。僕はもう一度空を見上げた。大きなあくびが出て眼が滲んだ。何もないあの青いノートの上に、自分にはどんな文字が、どんな文章が書けるのだろうと思った。道も目印もないその場所には、ありとあらゆる自由が広がっていた。大きく両腕を上に伸ばして深呼吸した。

 さあ、今度は僕の番だ。

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酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 2. 解放と警戒
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 3. のどかな午後
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 4. ぼったくり
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 5. 一日中、海を見ている暇はない
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 6. 偶然の幸福
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画像引用元:
フラ・アンジェリコ、『受胎告知』
ロバート・メイプルソープ
ボッティチェリ、『ヴィーナスの誕生』
ボッティチェリ、『受胎告知』
レオナルド・ダヴィンチ、『受胎告知』
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by hiramette | 2009-09-25 21:29 | 小旅行
8.彼女の夢のつづき〜La durata del suo sogno

 フィレンツェに行くことが決まって以来、モモちゃんの夢は増加の一途をたどった。サンタマリア・ノヴェッラ薬局に行くこと、帽子屋さんを見ること、パラチーナ美術館に行くこと。ガイドブックのいたる所を折り込んで、彼女は旅の計画をうれしそうに話した。だからドォーモに登ったあとは、ロマンチックではないほうの夢を叶えなければならない。僕一人では行かないようなところに行きたいといってくれたおかげで、2度目のフィレンツェ滞在は、僕にとっても初めての経験がたくさん待っていそうだ。

 クーポラから降りると、サンタマリア・ノヴェッラ教会に向かって歩く。その近くにある薬局に寄ってから、僕たちは昼食をとることに決めた。ドゥオーモ広場の前に古い馬車がある。馬はおとなしく乗客を待っている。古い時代の情緒を感じさせようという魂胆なのだろう。奈良でも最近若い男が引く人力車の客引きが多い。けれども、ここフィレンツェで見る馬車は、平城京時代の町に文明開化を重ね合わせる奈良の時代錯誤とは違って、実に街に馴染んでいるように思える。街全体が時間に妥協していない。きっと何百年前も本当に同じ景色だったろうし、この広場には馬車が停まっていたのだろうと思う。

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 僕たちは石畳の道を歩く。足元がでこぼこしていて歩きにくい。一体いつからある道なのだろうと思った。今、僕が踏んずけているここは、きっと何千万人も、何億人もの人が歩いた道なのだろう。体の中にゆっくりと滲みこんでくる街の雰囲気。既にいなくなってしまった人たち、消えていった足音のこだまのようなものが聞こえる気がする。僕は狭い通り沿いに並んだ建物を見上げた。時に支配されてこなかった空間の重みを感じる。きっと何年後にこの場所に来ても、この景色は変わらないのだろう。現に8年を経た今再びこの地を踏んだけれど、街は何にも変わっていなくて、すぐに体が風景に馴染んだ。

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 変わらない風景というのは、心を落ち着かせるものだ。フィレンツェは明るい気分のときも、暗い気分のときも、暑いときも、寒いときも、いつも同じ態度で迎え入れてくれる気がする。やさしく包み込まれるように感じると同時に、そんなに楽観的になりすぎたり、悲観的になりすぎたりしてはいけませんよ、と窘められているような気もする。自分をニュートラルにして客観的に見つめ直させてくれる空気。確かに修復士の仕事をする主人公が住むのにふさわしい街だ。

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 サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局は、教会の裏手の随分わかりにくい場所にあった。ここまでは僕が地図を見ながら案内してきたが、モモちゃんはそこが薬局だとわかると建物の扉を開けて僕を先導した。建物内部に入ってすぐ左に折れると、そこに薬局があった。薬局と言っても、実際の雰囲気は博物館か美術館に近い。実際奥のほうには、小さい博物館もあるようで、薬草の本や、薬を作るのに使う昔の器具などが展示されているようだった。

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 モモちゃんは早速、店の雰囲気を写真に収めている。棚に飾られた瓶や、カウンター横の銅像、それに天井の装飾画。どれをとっても歴史を感じさせるものばかりで、その雰囲気に圧倒される。幸い店内は冷房が効いていたので、僕は備え付けの椅子に腰掛けて、部屋の雰囲気を観察していた。ドゥオーモに登って降りたからか、石畳の道を歩いたからか、すこしふくらはぎが痛い。

 モモちゃんは写真を一通り撮り終えると、カメラを僕に預けてカウンターのほうに行く。そして、なにやら商品について尋ねているようだった。英語の会話が聞こえてくる。ここは一応薬局という名前を冠してはいるが、売っているもののほとんどはシャンプーやボディーソープ、石鹸や美容クリーム、それにポプリなどで、病気のときに飲む薬は数種類しかないようだった。それもそうだろう。この薬局は1612年にできたらしいが、その当時薬だと思われていたものでも、今ではそうではないものも多いのだから。酒などはその際たるもので、この店にも香草の入ったリキュールが何種類かおいてあったが、今は薬と言うよりお土産用のアルコール飲料として売っていた。

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 僕はモモちゃんが接客を受けている様子をたくさんの写真に収めた。何百年も前に、この場所でこうして店員と客が話していたのだと想像すると、なんだか可笑しい。テーマパークや遊園地よりもずっとリアルなこの夢の空間を、僕はただカメラ越しに見つめていた。モモちゃんが僕を呼ぶ。ボディーソープの香りはどれがいいか聞いてくる。結局ラベンダーの香りのボディードープを購入した。僕も折角だから何か買ってみようと、体に効く薬はどんな物があるのか聞いてみる。すると、消化不良に効く液状の薬、リラックスするのにいい液状の薬、それに同じくリラックスするのにいいキャンディーがあるといった。僕は特にストレスフルだったわけでもないが、リラックスできる薬を2つ買った。そのあと、隣の部屋で小さい瓶のリキュールも購入した。7、8種類あるうちから、店員のおねえさんが勧めてくれた甘草の入った甘いやつを選んだ。

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 そのあと、二人は少しだけ博物館を見ることにして、奥のほうへと進んでいったが、特に目新しいものが展示しているようには思えなかった。部屋は暑いし、誰もいなかった。二人はフィレンツェ関係の本が展示してある部屋を少しのぞくと、昼ごはんを食べるために外に出た。

***

 昼ごはんを食べて外に出ると、やっぱり全身がけだるくなるような暑さが僕らを待っていた。けれども僕はフィレンツェ風リゾットというミートソースの入ったリゾットのほかに、冷たいナストロ・アズーロというビールを飲み、デザートにはリキュールに浸かったビスケットを食べたので、昼間からほろ酔い気分だった。昼からビールを飲むなんて、いかにもバカンスらしい。疲れがいくらか緩和されて、その代わりアルコール特有の浮遊感を感じた。体中から汗が吹き出してくるのに、僕は外の暑さをさほど気にしなくなっていた。

 モモちゃんが行きたいといった帽子屋は、建物に囲まれた、随分細い通りにあった。中に入ると、夏物、冬物、大小様々な形の帽子が飾ってある。モモちゃんは、それをひとつひとつ眺めては、値札を探していくらか確かめる。この動作はいかにも関西人らしいと思う。僕だって、ものがいいかどうかよりも、まず先に値段が気になってしまう。彼女がいいといった帽子は随分夏っぽく見えたから、いや、冬物のほうがこれからええんとちがう、と僕が言う。それに、こういう円筒型のやつより、頭の形がドゥオーモみたいな形のやつのほうが、変わってるしおしゃれに見えへん?やっぱりそうかなあ、と聞いているのか聞いていないのかわからないような曖昧な返事をしつつ、モモちゃんはまた値札を見ている。

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 そのとき日本人らしき観光客が3人帽子屋に入ってきた。60代の父親と母親、それに20代後半の息子といった感じだ。母親が自分に似合う帽子を探している。いろいろ被ってみては、夫と息子に似合うかどうか意見を求めている。モモちゃんも店員さんに被っていいかどうか聞く。もちろん、と女性の店員さんは言う。背が高く、ほっそりとしているけど、日に焼けた健康的な40代ぐらいの女性。少しハスキーな声で、にこやかに接客する姿は、店員というより頼りになるアドバイザーといった感じだ。モモちゃんは帽子を被った自分の姿を鏡でみながら、なあ、これええと思わへん、と鏡に写っている僕に向かって言う。

 そのとき、同じく帽子を試着していた日本人のおばさんがモモちゃんに話しかけてきた。

 「関西の人ですか?」

 「はい、京都です」

 モモちゃんは、はきはきした声で答える。

 「うちは奈良なんですよ」

 「ああ、そうですかあ、彼は奈良出身なんですよ」

 と僕のほうを指差して言う。

 「奈良のどちらですか?」

 僕がおばさんに聞くと、

 「奈良市内です」

 と答えた。

 「僕は吉野のほうです」

 おばさんは、そうですかと少しにこやかな声で頷くと、またさっきと同じように帽子を被り始めた。モモちゃんもまた自分の帽子探しに熱中している。

 「その帽子、よう似合うてはりますなあ」

 おじさんが少し恥ずかしそうに、モモちゃんに向かって言う。息子は父親とモモちゃんを交互に見て苦笑いしている。こんな風に、人の買うものにいちいちおせっかいを焼くのも関西ならではだ。パリの人びともそれに少し似ている。女の人が買い物にいったら、そんなの似合ってないから、こっちにしたら、ほら、これすごくいいじゃない、と店員に言われたといって苦笑していた。でも、関西に生まれた僕にとって、そのようなコミュニケーションはなんだか納得がいく。

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 結局モモちゃんは茶色の冬物の帽子を買った。真ん中に大きなリボンがあって、それをわざと左にずらして被るとおしゃれよ、と店員さんが教えてくれた。その被り方が気に入って、モモちゃんはすぐに決めたようだった。しかし、40度近い気温の日に冬物の帽子を試着して買うのはなんだか不思議な感じがした。真夏に熱い緑茶をすすって冬に飲むやつを決めるようなものだ。薄手のワンピースに似合わないその帽子を、早く被れる日が来るのを彼女は今から楽しみにしているようだった。僕は去年プレゼントした白いコートとあわせて茶色い帽子を被っているモモちゃんの姿を想像した。

 買い物を終えると、二人はポンテ・ベッキオに向かって歩いた。真っ青だった上空が曇りかけてきていた。帽子屋さんの細い通りを通り抜けると、車どおりのはげしい高級ブティックの立ち並ぶ通りに出る。歩道は一人分の幅しかないぐらい狭い。二人はつないでいた手を離して縦になって歩く。道は曲がりくねり、両側に灰色の建物が立ち並んでいるから、視界が狭く少し迷路の中を歩いているような感覚になる。フィレンツェは細い通りが多い。

 道を突き当りまで行くと、アルノ川に出た。目の前に橋が一本架かっていた。そこから川を覗き込んでみる。清潔とは言いがたい深緑色の川だ。紙パックや缶が川の中に生い茂る藻に絡まっている。遠くに目をやると、派手な橋があることに気がついた。ほら、あれがポンテベッキオやよ。確信はなかったが、周りをみて有名になりそうな橋はそれぐらいしかなかったので、橋の上に家が建っているように見えるそれを指差して、僕はモモちゃんにそういった。

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 僕の予想は当たっていた。ポンテベッキオは、様々な宝石店やみやげ物を売るきらびやかな店でいっぱいだった。街中のどこから集まってきたのか知らないが、多くの観光客がこの橋の上にいる。フランス語もちらほらと聞こえてきた。僕はベネチアのリアルト橋のことを思いだした。この街もまた、やはり観光業に頼らなければならないようだ。僕は何を買うわけでもないのに、ショーウインドーに写る商品を見ていた。外見が派手で明るいだけに、その裏に隠された人の寂しさや暗さは余計に際立つような気がする。それでも建物や橋はそんなことお構いなしにどっしりと静かに建っている。

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 パラチーナ美術館に入ったときは、もう夕方五時を過ぎていた。6時半までしか開いていないから、ゆっくり見ることはできない。美術館には博物館もついていて、とても1時間半では見られる量ではない。けれどもモモちゃんは小説に出てくる「聖母子像」だけでも見たいといった。たしか主人公はその聖母マリアの顔に、小さい頃に亡くなった母親の姿を探すのだった。ところが、いざ美術館に入ってみると、そこは聖母子像のオンパレードだということに気付く。かなりの数の絵のモチーフが聖母マリアと赤子の頃のイエス・キリストだったのだ。二人は、どの聖母子が小説に出てくるものなのか考えながら探す。館内はクーラーが効いていたから、僕は部屋を移動するたびにエアコンに近づいて、涼みながら絵を見る。モモちゃんは、ああ、何で絵の名前メモってきやへんでんやろ、こんなにあったらようわからんわ、とひとり言のようにつぶやく。

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 広間の中心部に、豪華な額に囲まれた「聖母子像」を発見した。フィリッポ・リッピの作品だと書かれていた。僕らは、きっとこれとちがうか、だってこんなに目立つところに飾ってあるもん、小説にするぐらいやねんから、そら有名な絵やろ、とあまり根拠のないことを言い合う。モモちゃんはマリアの顔をみて、そやけどこの顔そんなに優しそうにみえるかな、結構のべっとしとるけど、と言う。そのコメントに僕は思わず笑ってしまう。一応文学が専門ということになっているから、フランス文学を話題にするなら生真面目に考えなければならないという義務感が発生してしまう。でも僕たちは絵のことを何も知らない。だから、好き放題の感想をお構いなしに言う。けれども逆に、素直な感想ほど核心をついていることがある。これはすばらしいものなのだ、すばらしいに決まっているんだ、という偏見から抜け出して僕たちは自由に語り合う。どんな有名な絵でもつまらないと思ったらつまらないと言う。美しくないと思えば美しくないと言う。絵になんのしがらみもない僕たちはこんな奔放なひと時を楽しむ。

 結局、小説の中に出てくる「聖母子像」はどれなのか決定できなかった。けれども、収穫もあった。僕たちは共通する気に入った絵を見つけたのだった。その絵の額縁には Baltolomé Estaban Murillo, Madonna col Bambinoと書かれていた。有名な絵なのかどうかわからない。画家の名前も僕は聞いたことがなかった。そこに描かれているマリアは、ほかのものよりも人間的だった。若い娘のようなマリアは、少し微笑んでいるようでもあり、また無表情にも見える。その境界のような顔がどことなく気に入ったのだ。 ピンクの衣の上に青の衣を羽織っているのは、人間的、女性的なものをキリスト教的な色彩の青で覆い隠しとるんやよ、とモモちゃんが教えてくれた。イエスは母親の胸に右手を当てながら、こっちを見ている。その右手もなんだか母乳をねだっているように見えて、どことなく人間らしい。最後には小説に登場する絵なんか半ばどうでもよくなって、僕は若い母親と息子の絵を長いあいだ見ていた。

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***

 美術館を出ると、雨がぽつぽつ降り出した。二人は急いでホテルに向かう。ポンテ・ベッキオを再び渡ると、今度はアルノ川沿いを東に向かって歩く。途中大きな建物の前を通り、名前をみてウフィッツィ美術館だと気付く。8年も前にきたから、どんな建物なのかすっかり忘れてしまっていた。そのあと、国立図書館が見えて、サンタクローチェ教会付近で河に別れを告げて、街の中に戻っていく。幸い雨はすぐに止んでくれた。僕は再び地図に目をやる。予想ではまっすぐ歩いていくとホテル付近の中央市場に戻るはずだった。でも、細い通りが多いわりには建物が高いので、視界が狭く、目印のある建物がなかなか見つけられないでいる。朝ドゥオーモに行ったときにも、細い通りの隙間から突然巨大なドゥオーモが顔を出したので驚いた。僕は通りの名前をいちいち確認しながら、ホテルへと向かう。

 途中小さなワイン屋さんを発見した。美術館も教会もない小さい通りにたたずむその店は、観光とは無縁な地元の人が来る店のようだった。僕はそんな地元の人しか知らなさそうな店に入るのが大好きだ。ちょうどお土産にワインを買おうと思っていたから、僕はモモちゃんにお願いして少しの間買い物に付き合ってもらう。出てきたのは、不器用だけれど親切そうな、イタリア人のおじいさんだった。僕は必死でイタリア語を話そうと試みたが、ワインの味の表現まではわからなかった。フランス語話せますか、と訊くと、マダムならわかるからちょっと待っていろ、といって店を出て行った。つれてきたのは少しずる賢そうな、白髪のおばあさんだった。フランス語で伺ってもいいですか、と聞くと、ええ、ええ、何でも聞いてくださいよ、と思い切りイタリア語訛りのフランス語で答えてくれた。単語も語尾のほうはもうイタリア語になっていた。僕は朝、モモちゃんの英語の関係代名詞以下がフランス語になっていたのを思い出して、少し笑う。

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 スパークリングワイン、プロセッコを一本と、キャンティ・クラシコのフルボトルを一本、それに夜試しに飲む用に、同じくキャンティ・クラシコのハーフボトルを買った。おばあさんはこっちのワインがおいしいわよ、とちがうものを指差したが、それは30ユーロ以上するものばかりで、とても手の出る代物ではなかった。おじいさんは、僕が聞いた質問にだけ的確に答えてくれているのに、おばあさんはそこに、いやでもね、そらこっちのほうがおいしいわよ、と余計な情報を付け加えていく。素朴なおじいさんと商売っ気のあるおばあさん。おじいさんの正直さをおばあさんのずるさがカバーしている。なかなかいいコンビだ。僕らが買い終わる頃、ちがう客が入ってきた。たくさん並んだワイン樽を指差して何か言っている。リットル売りのハウスワインを買うのだろう。話しぶりからして常連のようだ。この人はきっといつもこのおじいさんとおばあさんのやり取りを見ているのだろう。僕は彼が少しうらやましかった。

 ホテルに帰ると、荷物を置いて、またシャワーを浴びた。こう汗をかくと、さすがにシャワーを浴びないとやっていられない。僕はボディーソープで頭を洗う。2週間ほど前に髪の毛をばっさり切ってから、随分頭が軽くなったなとおもう。イタリアに来るのに、長いと暑すぎて耐え切れないだろうと思って、短くしたのだった。シャワーからでるとモモちゃんが旅行前にクリーニングに出しておいてくれた、きれいな緑色のシャツを着てジーパンを履いた。僕らは晩ごはんを食べに再び外に出る。

 レストラン・イル・ジオーヴァは昨日行ったセモリーナのほぼ向かいにあるこじんまりしたレストランだった。昨夜外から見たときはそんなに客が入っているようには見えなかったが、この日は中もテラス席も満員だった。昨日パスタ料理を食べなかったので、二人はパスタを選んでみる。ももちゃんはクリーム系のパスタ、僕はリコッタチーズのラビオリ、洋ナシのソースという変わったもの。それからアンティパスト・ミスト(前菜の盛り合わせ)を二人で一皿頼み、飲み物はハウスワインの赤にした。前菜の盛り合わせはすごいボリュームですぐに二人を満腹にさせた。丸い揚げパンのようなものが乗っていたが、さすがにそれは食べられなかった。メインのラビオリは洋ナシのソースが甘くさわやかだった。これ以上食べきれないくらいおなかがいっぱいになったが、やはりデザートは食べたいと、二人でひとつメロンをくりぬいたものを頼んで二人で分けた。店内は暑く、客の大きな声が響き渡っている。いかにも街の食堂といった感じだ。二人はカラフルなテーブルの上に置かれたワインを注いでゆっくり飲む。たくさん歩きまわり、喋ったあとにお酒を飲んだ僕はだんだんうっとりしてきて、このレストランの喧騒の中に飲み込まれてしまいそうになる。一生懸命立ち働くウエイトレスをぼんやり見ながら、僕はまさにフィレンツェを満喫した一日を振り返っていた。モモちゃんの夢を叶えた今日、僕はずっと彼女の隣にいた。行きの夜行列車のコンパートメントで同室になった夫婦の言葉を思い出した。ベネチアだけやのうて、フィレンツェも恋人たちの街でええやん。僕はまた、赤ワインを一口含みゆっくり飲み込むと、自分がここにいることを街に知ってもらうかのように深い深い息を吐いた。


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酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 3. のどかな午後
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 4. ぼったくり
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 5. 一日中、海を見ている暇はない
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 6. 偶然の幸福
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画像引用元 :
Filippo LIppi, "Madonna col Bambino con scene della vita di sant'Anna

Bartholome Estaban Murillo, "Madonna col Bambino
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by hiramette | 2009-09-22 21:33 | 小旅行
7. 彼女の夢〜Il suo sogno

 「10年後にフィレンツェのドゥオーモで会おう」

 そんな約束をされことは一度もない。少しイタリアの歌を習っていたということ以外、この国との接点がない僕にとって、フィレンツェは世界史の授業にでてきた有名な観光都市でしかなかった。もしも10年前に、そんなところで待ち合わせをしよう、なんて言われていたら、何を冗談言ってるんだろうと思ったことだろう。あるいは、「ドゥオーモ」っていう名前のピザやさんかなんかあんの、と聞き返していたかもしれない。行くだけでもとんでもないお金がかかるのに、そこで待ち合わせようなんて言われたら、かっこいいとか素敵とかいう以前に、ちょっと待って、何でそんなところで待ち合わせなあかんの、と聞き返していたに違いない。10年前上京して未だ数年しか経っていなかった僕にとっては、例えば、東京タワーで待ち合わせをすることですら一苦労だった。何本もある地下鉄の路線図とにらめっこして、頭を抱えなければならなかった。

 大学に入ってからずっとフランス文学というものを続けてパリに住むようになったから、ヨーロッパはずいぶん身近に感じるようになった。確かにイタリアはその中でも何度か訪れたことのある好きな国だ。けれども、いざ行くとなったら、よしイタリアだ、と気合を入れないと行けないし、特別親近感を感じるわけでもない。現に、イタリアに着くと、パリにいるのとは比べ物にならないくらい緊張する。言葉を流暢に話せるわけではないし、街をよく知っているわけでもない。どこが安全でどこが危険かもわからない。
 
 モモちゃんはフィレンツェを舞台にした恋愛小説を10年ほど前に読んでから、ドゥオーモに一度登ってみたかってん、と言った。イタリア旅行に行くのは、予てからの彼女の夢だったらしい。バカンスにどこに行きたいかという話になったとき、彼女は真っ先にイタリアと言った。僕もイタリア料理が大好きだし、行ったこともあるので少しは案内してあげられるだろうと思った。結局、ベネチア・フィレンツェの旅になったけれど、彼女にとってのメインはやっぱり、フィレンツェだった。ドゥオーモに一度登ってみたい、僕は何度その言葉を聞いたか知れない。

 僕自身はと言えば、ドゥオーモに登ったことが一度だけあった。8年前、双子の兄と来たイタリア旅行で、兄はフィレンツェの美術館を見てみたいといったので、二人はローマからフィレンツェに入った。兄は絵が好きで、実際上手かった。小さいときからよく描いた絵を周りの人に褒められていた。僕は逆に絵は全くだめで、むしろ音楽が好きだった。自分で好きな歌詞を書いたり、友達と音楽を作ったり、歌を歌って聴いてもらうのが好きだった。フィレンツェに来て、ドゥオーモに登ったし、絵もずいぶん見たけれど、僕の頭の中にはさほど印象に残らなかった。それよりも、夜に兄が一人で平らげた「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ」の大きさにびっくりしたのを憶えている。骨付きの400グラムぐらいあろうかという肉の塊を、兄は必死で頬張っていた。せっかく来たんやから食わな損やろ、腹の張った兄は少しのけぞるような姿勢でそう言った。

***

 僕らの泊まっている「カサノーヴァ」の朝食は建物の中心部にある、応接間の横の部屋で食べることになっている。食パン、ジャム、ヨーグルト、チーズ、バター、ハム、オレンジジュース、牛乳、コーヒー。きれいな皿とカップが並んでいて、少し豪華な朝食だ。もともと部屋の数は5、6室しかないホテルだ。僕たちのほかに泊まっているのは夫婦1組と50代ぐらいの女性1人しかいないらしい。食卓ではその女性が一人で朝食をとっている。モモちゃんは、三角に切ったパンを食べながら、蜂蜜の入った紅茶を飲むと、外に出る支度をするといって、先に部屋に戻った。

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 部屋は僕とおばさんの二人になった。外から強烈な陽光が差し込む。冷たいオレンジジュースの入ったガラス瓶の周りには、大粒の汗のような水滴がついている。おばさんは、紙パックに入ったヨーグルトを丁寧にすくって食べていたが、時々僕と話したそうにこちらのほうをちらちら見る。

「どちらから来られたの?」

 彼女がそう聞いてきた。

「日本です」

僕が簡潔に答える。沈黙が続く。僕は沈黙が怖い。何かこちらからも聞いたほうがいいのだろうか。

「あなたはどちらから来られたのですか?」

視線のプレッシャーに耐えかねて、こちらも質問をしてみる。我ながら下手な英語だ。

「アメリカです」

ずいぶん訛りのある英語に聞こえる。あるいは僕の英語を聞き取る能力がないのだろうか。単純な返答を理解するのに2,3秒かかってしまう。

「アメリカのどちらですか?」

父が社会の教師だったからか、いつでもさらに詳しい地名を聞いてしまう。自分が耳にしたことのない町の名前がでてきて、わからなくなってしまうまで。特に、質問することを思いつかないときはいつも、出身地に関する詳しい情報を相手に求める。

「ユタ州です」

と彼女は答えた。頭の中をがさごそといじくって、数年前ソルトレイクシティーで冬季オリンピックが行われましたよね、と言うフレーズを作ってみる。でも僕はウインタースポーツに全く詳しくないので、その話題ではあまりもちそうもない。すると、彼女は部屋の入り口近くの壁にかかっている、大きな油絵を指差した。いつのものなのかはわからないが、17世紀の宮廷風の服を着て、髪の毛をカールに巻いた男の人が、犬と一緒に立っている絵だった。

「ねえ、あの人ジョージ・ワシントンに似ていると思わない」

「はあ」

「たしか、あんな顔をしてたかと思うのよね」

ここはイタリアなのだから、もちろんワシントンであるはずがない。ワシントンの顔も僕にはぱっと思い浮かばない。おばさんは、自分の知っている知識と目の前の絵を何とか結び付けたいようだった。けれども、アメリカの政治家の顔に似ていませんかと言うのは、「あの人徳川家康に似ていませんか」と外国人に聞くのとそんなに変わらない。アメリカの歴史は全世界に知られていて、日本史はマージナルなものだと言うぐらいの違いしかないのだ。日本人は欧米に住んでいると、よくこの種の知識で苦しむように思う。たとえ言葉が話せたとしても、彼らには当然のように共有している文化があって、それを知らない僕たちはいつも蚊帳の外に置かれているような気になるのだ。結局、その拍子抜けしたアメリカ人の質問に答えられないでいると、女性は微笑んで、まあいいわ、大したことじゃないんだから、と言った。

 そのとき、モモちゃんが部屋から戻ってきた。そして、話している僕たち二人をみると、僕の隣に腰掛けた。モモちゃんは高校のとき英語科にいたので、英語を聞き取る能力に長けている。会話に困っていた僕は助っ人の登場を喜ぶ。けれども彼女もフランスに住んで2年になる。自分が話す番になると、関係代名詞以下がフランス語になる。アメリカ人のおばさんは、モモちゃんのフレーズの頭ではニコニコしているが、フレーズが終わるころには眉間に皺を寄せている。

 なんとか話を聞くと、どうやら彼女はフィレンツェに3週間ほど滞在するらしい。実は歌を歌うこととオペラが好きだけれど、夏はオペラがないから見にいけないのよねと、彼女は残念そうに言った。それならば、ヴェローナに夏のオペラ祭があるから行ったらいいんじゃないですか、と僕が言うと、えっ、そんなものがあるの、と驚いた表情で聞き返してきた。

「ええ、毎年夏になると、古代円形闘技場のアレーナで結構盛大なオペラ祭が毎年開催されるんです。ヴェルディとかプッチーニとか結構有名な演目が多いですよ」

正しいのか間違っているのかよくわからないような文法で、そのような意味のことを言ったつもりだった。おばさんは、じゃあインターネットで調べてみないとね、と言うと、私の英語聞き取りにくくてごめんなさいね、と申し訳なさそうにあやまった。

「いえいえ、こちらこそちゃんとしゃべれなくてすいません」

僕も自分の英語力を呪いつつ、恐縮してあやまった。僕たちは、席を立ち軽く挨拶をすると、お互いの部屋に戻った。

 数ヶ月前のことを思い出した。モモちゃんを一度パリのオペラに連れて行ったことがあった。『トスカ』だった。彼女ははっきり面白くないと言った。その日僕はアレルギー性鼻炎で、鼻ばっかりかんでいた。そのたびに前の女性に「静かにしろ」と注意された。僕はどうしようもなくて、周りに非難されないか気にしてばかりいたから、まともにオペラを見ることができなかった。それ以来、もっぱら彼女が行く、オペラガルニエのバレエ鑑賞にだけ連れて行ってもらうことにして、オペラは見に行かないようになった。

 数年前行ったヴェローナのオペラの光景を思い出した。日が沈み、焼けるように熱かったアレーナの石が少しずつ冷めていくころ行われるオペラ。観客はペンライトを照らしてオペラ台本を見る。無数の小さな光が舞台を包む。夢幻的な光景だった。

 けれども、僕はすぐにその残像を消して、リュックサックに水のペットボトルとガイドブック、それにフィレンツェ市街地の地図を入れた。モモちゃんの夢を実現する。なんだか大げさな気がした。けれども、それで彼女が喜んでくれるのならば、僕もドォーモに登りたい。10年越しの夢は僕と実現してほしい。そうすれば、彼女の頭の中のフィレンツェの記憶に僕が少しでも鮮明に写り、残るかもしれないから。Chacun a ses gôuts「人の好みは様々だ」。ふと、そんなフランス語のフレーズが思い浮かんだ。

***


 朝10時半、ホテルのある建物の大きい扉を開けて外に出ると、痛いほどの熱が僕らを包んだ。ここに来る前にインターネットでフィレンツェの天気と気温を見てみたが、日中の最高気温は40度にも達するようだった。僕は上空を見上げる。雲ひとつない青空が広がっている。

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「あおい」という名前を思い出した。モモちゃんが好きな小説のヒロインの名前だ。主人公の青年は、フィレンツェで絵の修復師の仕事をしている。かつて彼は空の絵を描く画家になりたかった。「あおい」という名前はきっと空の色を意識してつけられたのだろう。フィレンツェの青い空を見ながら、彼は忘れようとしても忘れきれない自分とあおいの過去と再び向き合い、そしてそれを修復しようと試みるのだ。

 確かにフィレンツェの空はびっくりするぐらいに青く、少し気を抜くと吸い込まれそうなくらいだった。けれども口数が少なくて華奢なヒロインの「あおい」と違って、夏のフィレンツェの空はうるさいぐらい陽気な青だった。おせっかいな光が僕らを照らす。すべてを暴き出してしまいそうな残酷なまでの青空は、小説の「あおい」とは似ても似つかない。8月のフィレンツェの空は、例えばノースリーブのワンピースから下着が少しはみ出しているような女、グラマーで小さいことを気にしない大胆な女を思わせる。

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 モモちゃんはやはり体中に日焼け止めクリームを塗って、その大胆な女に対抗するようだった。さらに念のために日傘も装備している。僕らは昨日通った中央市場の前を通って、町の中心地に向かって歩く。フィレンツェの街はルネッサンスの頃からほとんど変わっていないという。道は石畳でできている。直射日光を浴びたらひとたまりもないが、通りが比較的狭いので必ず建物の陰ができる。そこを歩いていたらそれほど暑さを感じることもない。僕たち二人は道の暗い部分を探して、ドゥオーモに向かって歩き続ける。人が歩いている。午前中から酔っ払いが教会の前に腰掛けている。牛の臓物、トリッパの煮込みを売る屋台がある。小さいスーパーマーケットがある。今回イタリアに来て初めて、普通の街の日常を見た気がした。ベネチアの風景のほとんどはあまりにも観光化され過ぎたものだった。やはり、フィレンツェに来てよかったと思う。

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 サンタ・マリア・デル・フィオーレ教会の前には長蛇の列ができていた。全部教会に入りたい人らしい。これほど暑いというのに、フィレンツェにはものすごい数の観光客がいるのだと思った。ドゥオーモに登るのも、この入り口かどうかわからない。僕たちはとりあえず列に並んでみることにする。

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 20分ほどして教会の建物の中に入れてもらえた。派手な外観とうって変わって、内部は簡素な空間だった。パリのノートルダム大聖堂や、シャルトルの大聖堂は、内部構造が複雑で、カラフルなステンドグラスに彩られている。ところが、フィレンツェの聖堂は天井が高く、空間が広い。そして無駄な装飾がほとんどない。僕たちは多くの観光客に混じって、天井の絵画を見つめた。天国と地獄をモチーフにした絵画は8年前の印象を僕の中に蘇らせた。

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 モモちゃんは、僕らの入った場所が教会の下部を見る入り口であり、ドゥオーモは別の場所から入るのだとわかると、早く出てドゥオーモに登ろう、と僕を促した。係員の女性にドゥオーモの入り口を教えてもらう。サンタ・マリア・デルフフィーレ教会の尖塔に登るのだから、結局同じ建物の中にいることになるのだが、ドゥオーモに登るには一度教会の外に出て裏手に回らなければならないということがわかった。僕らはいったん教会をでて、ドゥオーモ付近の列に並びなおした。

 僕らの前に、マクドナルドの袋を持った若い学生風の女が2人いた。フランス語で話している。友達同士のようだ。周りの人が自分たちの言っていることを解っていないと思ったのか、それとも単に無神経なのか、大声で笑いながらビッグマックを食べている。ハンバーガーを食べているあいだ、飲み物やフライドポテトが入った持ち帰り用の袋は地面に置いたままで、前の人が進むたびに袋を蹴って前にずらす。入り口に物乞いをするジプシーの母子がいて、その様子を恨むような怒りの目で見ている。

 女たちはそんな周囲の目を全く気にしていない。二人ともノースリーブのTシャツからは肉がはみ出ていて、埃だらけのショートパンツを穿いている。食べ物をこぼしながら前に進んでいく。ハンバーガーを食べ終わると、今度はポテトを取り出して、バーベキューソースを取り出して食べ始める。くちゃくちゃ噛む音が汚らしく、女たちはまるで家畜のようだった。僕たちはフランスに住んでいるから、彼女らの言っていることが解る。一人の女が歴史的建造物に書いてある落書きはフランス語のものが多い、と根拠のないことを言っている。仮にも教会の尖塔に登るのに、このような節度のない待ち方をすることに対して僕は嫌悪感を憶えた。

 無論人にもよるが、フランス人は概してすぐに「権利がない」とか、「それは禁止されている」とか法律を盾にして外国人に強く当たる。にもかかわらず、自分が外国人のときは平気な顔をして、街を汚しながらハンバーガーを食べ、汚い手で教会に落書きをするのだ。僕は、システムを作るのは大好きなのに、実質何も機能していないフランスを思い出した。今きっと世界のいたるところで、フランス人は幸せな長いバカンスを過ごしているのだろう。

 女たちはジャガイモを食べ終わると、ペットボトルを取り出し、中に入っているいる水を全部捨てた。そしてハンバーガーとセットでついてきたコーラをペットボトルに流し込むと、うれしそうにそれをリュックサックにしまった。残りのごみは建物の隅にある市のごみ箱に詰め込んだ。

 僕たちは彼女たちに続いて、ドゥオーモの入り口で入場券を買い、中に入った。さっきの女2人が、中で働く係員に呼び止められていた。肩や背中の肌が露出したままでは教会の内部には入れないと言っているようだった。雨合羽のような黄緑の布を貸すからそれを羽織ってくれと説明している。僕らはその2人に一瞥を与えると、そ知らぬ顔をしてドゥオーモの階段を登りはじめた。

 灰色の暗い階段を、僕たちはゆっくり登っていく。モモちゃんは、結構疲れるな、と息を切らしながら僕の後ろをついてくる。僕は自分の足元だけを見て、一段一段上がっていく。いつも階段を登るときは決して自分の先にある階段を見ないようにしている。あと何段あるか考えると、その膨大さを知って疲れるだけだ。だから、自分が今この瞬間に登らなければならない、目の前にある階段だけに集中する。研究だって同じことだ。あと3000ページ本を読んで、400ページ論文を書かなければならないと思うと、それだけで精神的に疲れる。だから、僕は自分が開いている本の自分の目の前にある1ページ、1行のフランス語に集中するようにしている。

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 暗い階段のなかに、いくつかの小さな窓がある、そこから光とほのかな風が差し込んで僕たちを励ましてくれる。二人は額に吹き出る汗をぬぐい、息を切らせながら、ドゥオーモの頂上目指して歩き続けた。

***

 ドゥオーモのてっぺんは、思った通り狭かった。息切らせ汗をたらした観光客が、ようやく得られる休息を満喫し過ぎているせいか、かなり多くの人が長時間ここにいるようだった。小さい広間ぐらいしかないその空間からは、フィレンツェの街がすべて見渡せる。道を歩いていると、石造りの家並みしか見えなかったが、こうして上から見ると、オレンジ色に統一された屋根が見渡せる。青い空に、オレンジ色の屋根。コントラストが美しい。確かに絵画的な美しい街だ。いくつもの時代を経て、人々がこの変わらない景色を目にし続けてきたのだと思うと、やはり歴史の深さを感じずにはいられない。僕はモモちゃんにカメラを借りて、360度分の景色を撮ろうと一周する。北西にはロレンツォ教会、サンタマリア・ノヴェッラ教会や駅が見える。南のほうにはアルノー川や、パラッツオ・ベッキオがある。有名なポンテ・ベッキオやウフィッツィ美術館もこっちのほうだ。そして南東にはサンタクローチェ教会が見える。僕は再びオレンジと青がなす風景をぼうっと眺める。建物に日光が指して光っている。パリでは青空は貴重なものだけれど、この街には一年中光が降ってくる。確かにオレンジと青の対照をなす風景は、情熱と冷静を連想させる。不思議な景色だと思った。

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 モモちゃんは、目的地に着いて感動したというよりはむしろ、夢を実現することによって逆に冷静さを取り戻したようだった。そして一言ここ意外と狭いな、と言った。僕は、自分でも何のことかよくわからないまま、まあそんなもんやよ、と答えた。折角やから記念写真とろうよ、と二人で写真を撮ってくれそうな人を探していると、日本人の青年が、僕たちの様子を見て撮りましょうか、といってくれた。少し高所恐怖症気味の僕はできるだけ柵に近づかないように、外を見ないようにして笑顔を作った。モモちゃんは、なんやそんなもん、なんにもこわないやん、と僕を笑った。

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 写真を撮ってもらったあと、僕たちは柱にもたれかかって外の景色を見つめていた。僕は寝転がって上空を見つめていた。こんなところで一日中、昔付き合っていた女を待っていた小説の主人公はどんな気持ちだったのだろうか、と考えた。そして、何も10年とは言わないけれど、何年かに一度、この場所に来るのも悪くないなと考えた。たとえ普段考えがすれ違うことがあっても、またこの場所に来て二人同じ気持ちに戻れればいい。そして、僕の中にモモちゃんの声が生きていて、モモちゃんの中に僕の声が生きていることをお互い確かめ合うことができればいい。幸福とはきっとそういうことなのだから。

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 おながか鳴った。小説のように一日何にも食べないでこんなに暑いところにいたら腹が減る。さあ、降りておいしいもんでも食べに行こか、僕はそうモモちゃんを促すと、立ち上がって座っている彼女の腕を引っ張った。


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酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 1. 僕の夢
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 2. 解放と警戒
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 3. のどかな午後
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 4. ぼったくり
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 5. 一日中、海を見ている暇はない
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 6. 偶然の幸福

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by hiramette | 2009-09-22 05:24 | 小旅行
6. 偶然の幸福

イタリア新幹線には既に何度か乗ったことがある。一度目は大学生の頃双子の兄と初めてイタリアに来たとき、ヴェローナからローマまで乗った。当時はユーレイルパスという周遊券を使って、たまたま一等車に乗ることができたのでずいぶん快適だったのを憶えている。二度目は数年前、ヴェローナに旅行したときだった。ヴェローナからミラノまでのほんの一時間ぐらい乗った。僕にとってのユーロスター・イタリアは白地の車体に緑と赤のライン、つまりイタリアの国旗を思わせるものだった。ところが、僕がベネチア・サンタルチア駅で久しぶりに見た列車は違っていた。銀色の車体に赤いライン。ずいぶんとデザインが変わった。

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イタリア新幹線は世界一美しい列車と言われるらしい。何よりもデザインがすばらしいからだそうだ。車体は飛行機の製造会社が手がけており、側面の流線型は機体を思わせる。極端に突き出た先頭車両は、少し日本の新幹線を思わせるが、配色からか、それよりもおしゃれな感じがする。僕たちは、指定されていた車両、5号車に乗り込んだ。

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車両と車両の間には、列車の情報を示すテレビ画面がある。現在の外気温、車内の温度、現在の時刻、停車駅と到着時刻が全て網羅されている。ここ、ベネチア・サンタルチアを出ると、ベネチア・メストレ、パドヴァ、ボローニャ、フィレンツェを経由して、ローマ・テルミニ駅へと向かうようだ。僕らの目的地であるフィレンツェまではおよそ二時間四十分の旅だ。

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この列車はずいぶんと新しい車両のようだった。外のむっとする暑さとは違って冷房のきいた涼しい客室が僕たちを待っていてくれた。僕はスーツケースを転がしながら、自分たちの座席を探す。茶色を基調にした、左右二列のシートもどことなく飛行機の客室を思わせる。僕は番号を確認し、荷物を座席の上の棚に置くと、車内を探検してみることにした。一等車は前二両で客は少ない。一列二列シートで空間が広い。腰掛けてみると、こげ茶色のシートが僕の体を包み込む。列車の車内はやっぱり気持ちいい。これがこれからフィレンツェに行くのだと思うと、信じられないような気がする。そうか、これから僕はフィレンツェに向かうのか、と改めて思う。


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結局先頭車両から、一等車、ビュフェ、トイレと経由して、自分の席まで戻ってきた。日本人らしき乗客も意外とちらほらいて少しおどろいた。座席でペットボトルに入った冷たいレモンティーを飲んでいたモモちゃんが、どう、楽しかった、と僕に聞く。僕は大きく頷く。こんな美しい列車に乗れたのは、偶然の幸福だった。インターネットで座席を予約したときは、どんな列車でいくか明示されていなかったので、そんなに期待していなかったのだ。僕はリュックサックからさっき売店で買った冷たいコーラを取り出し、一口飲んでみたが、これほど涼しい空間ならば、残っているペットボトルの水でよかったかな、と思った。

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しばらくすると、ユーロスター・イタリアは出発した。ベネチアに来るときに通った海の上を再び戻って、15分ほどでベネチア・メストレ駅に着いた。比較的空いていた客室が埋まっていく。座席は全席指定だ。乗り込んでくる人が、僕たちの向かい側に座らないかと気になった。幸い、僕たちの向かいには誰も座らない。ほっと一息つくころに、また列車は動き出す。2人はカメラを取り出して、ベネチアで取った写真を眺めたり、ガイドブックを見ながら、これから行くフィレンツェの話をしたりした。そのとき、僕の中に不意にアイデァが浮かぶ。

「なあ、モモちゃん。帰ったら、旅行記みたいなん書いてみえへん?男と女の視点からずれとか、それが重なり合うところとかをモチーフにして。数年前に流行った小説みたいに。ちょうどあれイタリアの話やったし。ほら、どこに行って何しましたっていうだけやったら、結構ありきたりになってしもて、あんまりおもろなさそうやろ。それよりもそのとき何考えたんかに焦点を当てたら、僕ららしい旅行記になるやん」

「そうやなあ。おもしろそうやなあ」

モモちゃんが話に乗ってくる。二人は、ベネチアであったさまざまなことを回想しながら、どんな話が書けそうか話合った。新幹線は、スムーズに流れるようにレールの上を走っていく。ときどきカーブに差し掛かると、ごとん、ごとんと小さく揺れる。
 
あんまり暑い中を歩き回ったので、二人はやはり疲れていた。僕は履いていたテニスシューズを脱ぐと向かいの席に足を投げ出して、窓を見つめた。日に焼けたくないモモちゃんは窓側をいつも嫌う。逆に僕は乗り物に乗るときは窓側のほうがいい。ゆっくり動く景色を見るのが大好きなのだ。時折、小さい村の教会の尖塔が見えたりすると、窓を飛び越えてそこまで行ってみたくなる。広大なトウモロコシ畑が見えると、その中を歩きたくなる。景色を見ていると、その国が一番わかるような気がする。ただ単に見ているだけなのに、列車に乗っていると様々な想像が浮かんで、そして消えていく。

僕は、どんな話が面白いだろう、と考えていた。とはいっても、人に読んでもらえる文章を書くのはとても難しいことだ。小説を何度か書こうとしたことはあったけれど、なかなか自分ならではの表現や、言葉が思い浮かばない。結局ありきたりな言葉を使って、奇抜な内容の話を書いたりする。でもそれでは結局自分を表現したことにはならない。たとえパロディーでも、そこから自分の表現を引き出せれば、きっとそれがオリジナリティーになるのだ。

急に想像が脱線する。いっそ、知ってる話を混ぜて笑い話にしたら、受けるんじゃないかと想像したくなる。徐々にずれて、笑えそうな小説を創造する。たとえば、舌にピアスをした人が背中をけられるという話。あるいは北欧に日本の固形ルーを持っていって作る話『ノルウェーのハヤシ』。今度は漫画の話。『北斗のドラえもん』、『アルプスの少女ガンダム』、『美少女戦士奇面組』。イタリアの景色を眺めながら、無意味な想像を重ねては一人ほくそ笑む。モモちゃんのほうをみると、椅子に深々ともたれかかりながら目を瞑っている。

パドヴァを出ると、線路は単線になり新幹線はスピードを緩めた。新幹線といっても、専用路線だけを走るわけではないので、速くなったり、遅くなったりする。田舎の景色の中を、こんなにきれいな列車が走っていったら、本当に目立つだろうと思う。そのとき、窓から子供が三人ぐらい見えた。ユーロスター・イタリアを見ているようだった。自分が小さいころ、自宅の前の森の中を通過していった列車は、どのような形だったのだろう。と再び思いだした。静かな谷の中で、用水の前のコンクリートに腰掛けて、列車を待っていた自分を思い出した。

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ボローニャを抜けると、再び列車はスピードを取り戻し、山間を抜けていった。途中雨が降ってきて、雲行きが怪しくなったが、すぐに晴れ間が見えて、虹が出た。結局僕らの向かいには誰も乗ってこなかった。僕はまた靴と靴下を脱いで、向かい座席に足を投げ出す。雲と青空がくっきりと分かれた場所にできた虹を写真に収めようと、モモちゃんが再びカメラを取り出した。窓越しに写真を撮ったが、窓の汚れが原因でうまく映らないといった。途中から隣の座席に乗ってきた、修道女のおばあさんはヨーグルトを食べていたが、モモちゃんがカメラを出すたびにこちらのほうを見た。その前に座っている学生風の青年は、ノートパソコンを開いてゲームばかりしていた。同じレールに乗った僕たちは、それぞれ別の思いを抱き、フィレンツェへと向かう。もうこの人たちに会うことはおそらくないだろうし、同じ景色を見るのもいつになるかわからない。だから、僕はこのユーロスター・イタリアのなかに、彼らを乗せたまま記憶の中に埋め込んでおきたいと思った。それが、何の役に立つわけではないけれど、そういうなんでもないもの、人が知らないうちに忘れてしまうものを求めて、僕は旅しているような気がした。


***


フィレンツェ・サンタマリア・ノヴェッラ駅は、やはり思った通り治安が悪そうだった。光の少ない駅は、曇り空なだけにいっそう薄暗く、僕は再び緊張を取り戻す。左手でモモちゃんの赤いスーツケースを引きながら、彼女の前を足早に歩く。ミラノ中央駅で、物を盗まれたことがまた脳裡をかすめる。ゆっくり歩いていたら、どちらが右か左かわかっていない旅行者だと思われて、狙われかねない。旅行者には違いないが、自分の行く方向がわかっているのだ、ということを周囲に知らしめるかのように僕は前だけを見て歩く。左側にバスターミナルがあることはわかっていたので、とりあえず駅の左側にある出口を探す。ファッションでしているとは思えない、破れたジーパンを履いた男や、酒を飲みながら床に座っている、顔の赤い男がいる。やはり大きな町の駅は危ない。僕たちは駅をすり抜けて、すぐそばのバスターミナルに着した。周りに怪しそうな人がいなかったので、少し安心する。ところが、その先がわからない。ホテルに行くのに一番便利なバスの路線をメモしてくるのを忘れたのだ。

仕方がないので、バスターミナルのインフォメーションでチケットを買うときに、どのバスに乗ればいいのか聞いてみた。すると真後ろに停まっているオレンジ色のバスに乗ればいいと言う。まもなく出発するようだったので、僕たちはそれに急いで乗り込んだ。すると、バスは扉をすぐに閉めて、石畳の道の上を走りだした。エンジンの音と、タイヤが石畳の道の上を走る音とが混ざり合う。僕はスーツケースが転がっていかないように、バスの最後部の座席と手すりの間に固定した。モモちゃんはガイドブックの地図を取り出し、どこで降りればいいのか見ている。ところが、このバスの中には路線図が張り出されていない。車内アナウンスもない。灰色の石畳、ブティックが立ち並ぶ比較的細い道の上をゴロゴロいいながら走っていく。ドゥオーモが右手に見えた。僕にとっては8年ぶり、モモちゃんにとってははじめてのドゥォーモだ。それなのに、二人にはほとんど見ている暇がない。バスは観光客の目などまったく気にしないで、普通のスピードで走っていく。僕たちは地図に目を戻して、自分たちのいる場所を確認する。パリと違って、通りの名前がわかりやすく表示されていないため、ややこしくてわからない。すると、モモちゃんが大体この辺だろうと予想をつけて、降りるボタンを押した。降ろされた場所は特に何の特徴もなさそうな、小さなバス停だった。二人は仕方なしに、バスの進行方向に進んで大きな通りに出た。

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歩道を歩いて近づいてくる話かけやすそうな男女に、今いる場所を聞く。片言のイタリア語でどこにいるのか聞き、ホテルの住所を見せると、もと来た道を戻ったらいいと指差してくれた。僕たちは、さっき降りたバス停のほうに再び折り返す。

しばらく歩くと、すこし大きい公園があった。公園が地図に載っていないか探す。するとモモちゃんが地図を指差しながら言った。

「ほら、この辺で公園言うたら、ここしかないやろ。そやとしたら、一本、二本目の道を右にまがったら、ホテルのある通り、マトナイア通りなんとちがうん」

モモちゃんは地図が読める。本当なら僕が地図を見て、目的地まで案内したい。少しぐらい頼りにされたいのだ。でも彼女は地図が読める。実際二本目の道を曲がったら、「マトナイア通り」と書いてあった。モモちゃんが喜ぶ。こんなにすぐに目的地に着けるなんてラッキーやな。僕も安堵する。でも純粋にうれしい反面、宝のありかを先に突き止められたような気分にもなった。入り口の扉は5メートル近くあるのではないかと思われるほど大きい。まっすぐ伸びている扉は、一番上の部分だけ半円状になっている。その扉の大きさに圧倒されて、回りの建物を見廻す。すると、どこを見ても大きい扉ばかりだった。モモちゃんが呼び出しボタンを押すと、女性の声が出た。フランス語で話すと、向こうもフランス語を返してくる。扉がゆっくり自動で開いていく。中に入ると、もうひとつ、鉄の扉があった。その先にようやくエレベーターを見つけて、それに乗り込む。「B&B」という言葉には聞き覚えがなかったから、モモちゃんに聞いた。ベッドとブレックファーストのことやよ、と教えてくれた。部屋と朝食がセットになった、民宿のような形態の小さいホテルのことを指すようだ。

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3階の部屋は、高級な邸宅を思わせた。婦人が笑顔で迎えてくれる。床には赤い絨毯が敷いてあり、壁にはたくさんの絵が掛けられてあった。Tシャツにハーフパンツで歩き回り、物を盗まれないように気をつけていた僕は、この場にふさわしくないように思われた。とにかく、ベネチアではよく歩いたし、フィレンツェの駅を降りてからも暑い道をスーツケースを引いて歩いた。石畳のでこぼこの上を通るたびにスーツケースが石に引っかかって、手に負担がかかる。午前中に船の窓を閉めたときに親指を挟まれてから、じんじんという痛みは相変わらず残っている。ひとまず僕は椅子に座って休みたかった。

 「カペッリ」と書かれた部屋に入ってまず僕が気付いたのは、その臭いだった。ドライフラワーのような芳香剤の強い臭いがする。僕は鼻がいいので、そういう強い臭いが苦手だ。ほのかな香りならさほど気にならないが、強い臭いのする部屋は、大音量でCDが鳴っている部屋と同じように、どことなく落ち着かない。一方鼻が悪いことを自他共に認めるモモちゃんは、そんなことまったく気にしていないようだった。

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その後、部屋の内外の説明を受けるのに、僕たちは朝食ルームの前で話を聞いていたが、その際僕が足の裏を壁にもたせ掛けていたのが主人には気に入らなかったらしく、僕は注意された。昨日、レストランでぼったくられて、危ない街中を通ってきたというのに、急に高級な場所に案内されて、壁を汚さないでほしいといわれたら、今度は僕が目の前のイタリア人に礼儀知らずな人間に思われたような気がして何だか納得がいかない。個人邸宅を改造したものだから、きれいにしようと心がける気持ちはわかるが、到着したばかりの疲れているときに、高級そうな備品に気をつけたり、自分の振る舞いに気をつけたりしなければならないのかと思うと、少し煩わしかった。泊まっている人が少ないだけに、余計に行動を見られている気にもなる。正直あまりいい気はしなかったが、部屋に入ると汗だくになった体を洗い流すためにシャワーを浴びた。

***


ホテルの女主人に勧められたレストラン「セモリーナ」はフィレンツェ中央市場の近くにあった。夜八時過ぎ、太陽はすでに沈み、周りが薄暗くなっていた。この季節パリならば、まだ夜9時ぐらいまで明るい。でも、早く夜になってしまったほうが正直うれしかった。日中は暑すぎて、外を歩き回るのはかなり疲れるが、夜シャワーを浴びてからでた街は、少し風が吹いて心地よい。

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フィレンツェの名物料理は、白インゲン豆を煮込んだ「リッポリータ」、牛の臓物の煮込み「トリッパ」、それに塩コショウで味付けしただけの巨大な牛ステーキ「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ」だというぐらいの予備知識は頭に入れてきた。メニューの中にその「ビステッカ」があったので、てきぱきと仕事をこなす店員さんに注文する。すると、それは大きすぎるからやめたほうがいい、といわれた。牛肉なら、ほらこの上のやつも牛肉で一人前にちょうどいいから、そっちほうがいいですよ。値段を見ると、そちらのほうがずいぶん安い。言われるがままに、その牛肉を頼む。モモちゃんは豚肉のバルサミコソースを注文した。前日のスパゲッティーでぼったくられているので、どうせならもっと原価の高いものでぼったくられたいと、奇妙な意見が一致したのだった。

料理が運ばれてくると、二人は交互にそれぞれの料理の写真を撮った。それが二人で外食するときの決まりごとだからだ。僕は網の上で焼かれた、牛肉をナイフで切ると口の中に放り込んだ。ずいぶんと硬い。脂分も少ない。けれども香ばしくってなかなかいい味だった。付け合せのルッコラの苦味が疲れた体に響き渡った。

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僕たちの横に、大人数の客がやってきた。大人6人と小さい女の子1人。その子は少し駄々をこねて、大きな声で何か言っている。最初イタリア人だと思っていたその客は、途中注文するときに口ごもったような言い方をした。どうやら違う国の人らしい。

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女の子が僕のほうを見ている。僕はなぜか、何にもしていないのに子供によく見られる。同類だと思っているのだろうか。それとも、奇異な存在なのだろうか。僕もその子のほうを見て微笑むと、ふん、と顔を背けられてしまった。どうやら、気難しそうな子らしい。ためしに僕は両手で顔を覆うと、不意に手を開いて笑った顔を見せる、いないいないばあをしてみる。子供は始め恥ずかしそうな顔をしていたが、遊んでもらえると思ったのかうれしそうな顔で微笑み返してきた。

「なあコロちゃん、新作やってあげえな」

「新作って何」

「ミッキーマウスやん。あの口隠してバイバイっていうやつ」

特に新作ではないけれど、先日モモちゃんにやってうけたミッキーマウスの物まねをリクエストされた。人を笑わせるのが好きな僕は、大げさな動作で、両手を口に当てる。何度か首を左右に傾げると、今度は両手をあげて満面の笑顔で手を振る。女の子は僕のほうを見てうれしそうに笑いながら、両手をぶんぶん振り回す。

僕はまた同じ動作を繰り返す。女の子は、もっとやってくれという顔でずっとこっちのほうを見ている。モモちゃんも一緒にミッキーマウスの物まねをする。黙っていた父親らしき人は僕たちのほうを見て笑う。微笑むというよりは、心底僕の動作がおかしくて笑っているという感じだ。僕もモモちゃんも、食べることを忘れて、その隣のテーブルの子供とあそんだ。横にスペイン人の方ですか、と英語で尋ねると、バルセロナから来たんです、と言った。その後、彼らに食事が運ばれてきて食べ始めたから、僕たちはデザートをとることにした。甘くてこってりしたデザート2つカウンターで選んだあと、僕たちはそれを交換して食べた。

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会計を見ると二人で40ユーロほどだった。メインにワインにデザートを頼んでこの値段は、昨日夜に比べてずいぶん安い。僕たちは決してぼったくられてなんかいなかった。むしろ、わざわざ高いビステッカを頼まなくて言いように配慮してくれたことも考えると、むしろ良心的だといったほうがよかった。ほろ酔い気分の僕は、
この夜に満足していた。観光客だけで成り立っているベネチアと違って、フィレンツェは意外とまじめな街だった。げれども、ぼったくられたり、危ない通りを歩いたりしたかと思えば、急にきれいなホテルに案内されたり、丁重に接客されたりして、イタリアに翻弄され続けている自分が悔しくて、この偶然の幸福の重なりを僕は素直に喜べないのだった。

 僕は隣の人たちが、おいしそうにパスタやピザを頬ばっているのを、少し見ると片言のスペイン語でこう言った。

「さようなら。よい夜を」

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酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 4. ぼったくり
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by hiramette | 2009-09-19 05:39 | 小旅行

凱旋門賞カウントダウン


 みなさんこんにちは。素ではお久しぶりのF氏です。いつも『酩酊と饒舌のあいだ』をお読みいただきありがとうございます。次回からはフィレンツェ編です。

 さて、今日はしばらく書いていなかった競馬のお話をさせていただきます。というのも、最近結構重大なニュースが多かったからです。しかも、凱旋門賞はもう2週間後に迫ってきています。今日はさまざまなニュースの中から、特に大きなものを、僕の個人的な見解も含めていくつかご紹介いたします。


①スミヨン、アガ・カーン優先騎乗契約解除と、その直後の骨折

これにまずものすごく衝撃を受けました。言わずと知れた天才騎手スミ子(Christophe Soumillon)さんが、ナンシー(Nancy)というフランス東部の街で行われた競馬の第7レースで、落馬骨折しました。一時は意識がなかったそうです。幸い大事には至らず、一時は今季絶望とも言われましたが、2ヶ月ぐらいで復帰できるかもしれないという楽観的な説もあるようです。
 実はスミ子さん、言動の失敗(ファーブルさんなんてちっちゃい人事件=自業自得)でつい最近にアガ・カーンの馬騎乗の座をルメさんことクリストフ・ルメール(Christophe Lemaire)騎手に奪われたところ。彼にとっては大変つらい一年です。僕個人としては、スミヨンは問題起こしまくりだけど、間違いなく天才騎手。文学でいうところのランボーちゃんみたいなもんです。彼がいないと競馬場が盛り上がりに欠けて寂しいです。一日も早く元気になってターフに帰ってきてください。そして以前より強くなった彼の姿を見せてください。がんばれスミ公!


②エリュージブ・ウェーブちゃんムーラン・ド・ロンシャン賞イヤイヤ事件

 プール・エッセイ・デ・プーリッシュ(仏1000ギニー)を制した、ルジェ厩舎所属の3歳女の子エリュージブウェーブ(Elusive Wave)ちゃんが先日のムーラン・ド・ロンシャン(Prix Moulin de Longchamp G1)賞に出ました。が、ゲートを出るときイヤイヤして出遅れ、今度は2メートルほど進んでペタンと座り込み。一番人気にも拘わらず、「あたしてこでも動かんで」とレースを拒否。ルメ兄さんも困り顔。せっかく能力のある子なのに。おかげでノーリーズンのとき並みに数秒で大金が吹っ飛びました。競馬は何が起こるかわかりません。ともかくも、再発するような精神状態ではないことを祈るばかりです。上の記事でも書きましたがルメさんは、来年から緑に肩赤の勝負服でおなじみの、アガ・カーンさんの馬に乗ります。でも正直これがいいのかどうかはわかりません。ルジェ厩舎も、今年本格的にG1級をたくさん勝てるようになってきたのですから、来年の勝負の行方はわかりません。


③ダレミちゃん事件

 僕はルメさんを応援していました。彼は勝ちました。しかし、はっきりいって僕は怒っています。フランスギャロに対してです。あんなおかしいレース、今まで競馬を見てきて初めてです。周りは僕と同じ考えの人ばかりです。それを証拠に、スタセリタちゃんの表彰式では大ブーイング。競馬場に40年来ている人が、さすがにここまで非難が出るのは初めてだといっていました。
 レースに勝ったのは、間違いなくダレミ(Dar Re Mi)ちゃんです。しかもすばらしいレースでした。2着のスタセリタ(Stacelita)ちゃんも休み明けなのに、すばらしい走りでした。オリビエのプリュマニア(Plumania)ちゃんは凄まじい追い込み。今年見たレースの中でもかなり好レースだったのではないかと思います。このように馬がすばらしい走りを見せてくれ、感動を与えてくれているのに、人間のつまらないエゴで結果が変えられるなどということがあっていいのでしょうか。ダレミちゃんが一生懸命走って、帰ってきたときの緊張した顔を僕はじっと見て、心からおめでとうと叫びました。それが15分後に進路妨害で5着に降着になったのです。
 確かにダレミちゃんは内によれました。でも、他馬と接触したわけではもちろんないし、後ろの馬がスピードを急激に落とさねばならぬほどの、ポジションチェンジではありませんでした。そもそも、このレースはダレミちゃんとスタセリタちゃんの壮絶な戦いだったのであって、他の馬はどれだけ伸びたってその二頭には届いていません。直線のビデオを何回も何回も見ました。そう断言できます。
 ダレミちゃんがイギリスの馬だから?誰かの陰謀?どんな政治が裏にあるのかは知りませんが、僕らは美しいレースを見に来ているのです。泥臭い人間のエゴや金儲けなんかに興味はありません。
 今日の『パリ・チュルフ』紙の一面の見出しは「ダレミ、強盗の犠牲者」でした。ブラボー記者さん。その通りです。「恥さらし」とも書いていました。辛辣だけれど、そう言われても仕方ないと思います。
 誤解のないように言っておきますが、この場合馬はもちろんのこと、騎手、調教師は何も悪くありません。1着に繰り上がったルメさんはある意味ラッキーだったわけだし、祝福したいです。でも、こんなことをG1、しかも凱旋門賞の前哨戦でやるようでは、ブエナビスタちゃんこなくてよかったね、と皮肉をこめて言わざるを得ません。一生懸命走った馬に、体調を管理し作戦を考えた調教師に、毎朝働いた厩務員さんになんと言うつもりなのでしょうか。その点JRAのレースは公正ですばらしい。その点では世界一だと思います。もし、ダレミちゃんが凱旋門賞に出たら、僕は間違いなく彼女を応援します。がんばれダレミちゃん!エリ女かジャパンカップにも来てほしいくらいです。


④ヴィジョンデタちゃん追い切りのノリ

 凱旋門賞の前哨戦が他にも2つあった9月13日の日曜日。3歳のニエル賞は、パリ大賞覇者のキャバルリーマンちゃんが勝利。凱旋門行きです。4歳以上フォワ賞。オリビエ騎乗のヴィジョン・デタちゃんの応援でしたが、サンクルー大賞を制した、初代ゲートイヤイヤちゃんスパニッシュムーンちゃんに四分の三馬身差で負けました。でも、F氏は全く悲観していません。最後の直線の伸びは素晴らしかった。はっきり言って、前哨戦ではなく追い切りみたいなもんでした。しまい2ハロンぐらいしか力は出していません。これぐらいでいいのです。無理して凱旋門に出場すらできなかったマンデューロちゃんを思い出してください。


⑤アントニー・クラスチュス(Anthony Crastus)騎手日本へ
 
 最後におまけ。今年から、眉毛男ことクラスチュスくんが、日本で騎乗します。11月~1月末までの予定で藤沢先生のところらしいです。まだ24歳の若手騎手ですが、ヴィルデンシュタイン厩舎の専属騎手です。現在680ほど騎乗して67勝ぐらいだったでしょうか。ルメさんの下のリーディング8位だったと思います。それに対して、今年はオリビエが日本に行かないかもという話が出ています。詳しくは本人に聞いてみないとわかりません。わかり次第またあらためてご報告いたします。

それでは引き続き、イタリアの旅をそうぞ♪

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by hiramette | 2009-09-15 04:55 | 競馬
5. 一日中海を見ている暇はない
〜Non abbiamo avuto il tempo di vedere il mare durante tutta la giornata

リド島は、ベネチアから船で一時間ほど離れた小さな島だ。一時間といったら遠く聞こえるかもしれないが、ゆっくり各駅停車の水上バスで行くので、さほど遠くない。僕たちは、遅い朝食のあと、船に乗り込んでリド島にやって来た。11時過ぎの船に乗ったので、今は正午ぐらいだろうか。15時43分発のユーロスター・イタリアでフィレンツェに向かわなければならない。海を見たいと思ってやってきたものの、ゆっくりしている暇はない。海岸に向かって真っ直ぐ歩く。

島は細長く、南北には1キロ少しぐらいの幅しかないようだ。僕の地図の見方が正しければ、真っ直ぐ歩くだけで海岸に着くはずだ。船着場近辺は旅行客でにぎわっていて人が多かったが、少し歩くと人気の少ない通りになる。相変わらず日が強く照っている夏日だ。でもベネチアは海風があるので外を歩いていても、そんなに熱くは感じない。モモちゃんは日傘を差しながら、ゆっくりと道を歩いている。

しばらくすると、大きな道に出る。オレンジ色のバスが走っている。本島の道は狭すぎてバスなんて走っていなかったので、船ばかり乗ってきた僕たちには新鮮に思える。この島と本島は繋がっているのだろうか。

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大きな道を渡ると、そこは絵に描いたようなロングビーチだった。八月下旬にも拘らず、夏真っ盛りのような光景が広がっていた。数々の小屋が建てられている。おそらくは、この海岸を利用する人が一時的に休憩するのに作られたものなのだろう。砂浜が続いている。その先には乳白色の海が見える。タバコの吸殻が浮かんでいるムラーノ島の海や、生活廃水で濁った本島の海と違って、ずいぶん清潔な海に見えた。

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モモちゃんは、泳いでいる人を見ると、急に子供のようにはしゃいで、履いていたサンダルを脱ぐ。そして、波の方へとゆっくり歩いていく。いつも日焼けすることを気にしているのに、今は目の前にある景色に夢中になっているようだ。

「ああ、みんなめっちゃ楽しそうやな。水着持ってきたらよかったな」

僕は少し後悔した。モモちゃんの指導教官の仏文学者がベネチアの海は泳げたものではないというのを鵜呑みにしてしまって、スーツケースに水着を入れてこなかった。でもよくよく考えれば彼はカリブ海のグアドループ島の出身だ。ヨーロッパの海は全て汚く見えるのだろう。

僕もテニスシューズを脱いで、足を水に浸けてみる。砂浜には割れた小さい貝殻があって、結構痛い。僕たちは柔らかい砂場を探しながら、海岸を歩いていった。ここには様々な人がいる。砂の城を作っている子供たち。ビーチサッカーに打ち興じる青年。寝転がって体を火に焼きながら、本を読むおばさん。トップレスで寝ている女性。その風景は例えばノルマンディーのドーヴィルのように寂しそうではなく、ニースのように整備されているわけでもなく、バルセロナのようにど派手でもない。適度なのどかさがあって、僕たちを優しくしてくれた。柔らかい波が時折僕たちの足元を冷やす。ここにいられるのも今日が最後だけに、海水に触れるたび、足の感触を忘れないでおこうと思った。

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ももちゃんははしゃぎながら、スカートを捲り上げて歩く。白い肌が、水色の景色に映える。その姿は子供のようでもあり、妹のようでもあり、恋人のようでもある。力強い笑顔で、しばしばこちらに振り返る。そのたびに僕は何度もシャッターを切った。いつもは少しこわばった表情をするのに、今日は自然な笑顔をしている。僕は久しぶりにそんな彼女の顔を見れたと思った。ベネチアの海と太陽に感謝したくなる。

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真っ直ぐに海岸沿いを歩いていく。波が打つたびに、僕たちの足跡は消えていく。けれども、僕たちはそんなこと気にしないで前に歩く。もしかしたら、一日一日生きることを大切にするとはこういうことなのかもしれない。消えていく過去の足跡なんか気にしないで、足元をしっかり見ながら一歩一歩着実に進むこと。行動は地味だけれど、それでも僕たちは進んでいる。

「もう一日おりたかったな、ベネチア」

僕がモモちゃんに向かって言う。

「ここ、思ったよりも悪なかったわ」

モモちゃんも少し残念そうな顔をする。二人は少し浮かれながら、この場所にいられる幸福感を噛みしめている。例えば今後、もしもつらいことがあったら、僕はこの空間を思い出そうと思う。いつ行ったのか、時間は忘れたとしても、僕はこの空間の光景、モモちゃんの顔を、自分のレンズの中に焼き付けておこうと思った。

昼食をとって、急いで船に乗り、ベネチア、サンタルチアの駅前で降りると、ホテルにおいてあったスーツケースを取りに行く。ベネチアの2日間は短かくて満喫できたかどうかはわからないけど、結局きてよかったと思う。モモちゃんもそう思ってくれたようだ。それを証拠に、結局見つからなかったお菓子「パネトン」がクリスマス限定で売り出されるものだと知った彼女は僕にこう言った。

「コロちゃん、またパネトンが出るクリスマスの頃にベネチアに来ようや」

二人はベネチア・サンタルチア駅から、フィレンツェ・サンタマリア・ノヴェッラへ駅へと向かう。



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by hiramette | 2009-09-13 23:47 | 小旅行
4.ぼったくり〜Bottakuri

旅行に出る3週間前から、夕食はどこで食べようかとガイドブックとにらめっこしていた。「食べる」ということは僕にとって、歴史的建造物を見るよりも、美術館に行くよりも重要なことで、その場所で食べたものに感動したかどうかでほぼ旅行の良し悪しがきまる。皿の色、料理の匂い、ワインの味が美しい風景に匹敵するのだ。パリにいる文学仲間は、作家のゆかりの場所に行きたいといい、美術をする人は美術館に、音楽家はコンサートに行きたいという。けれども僕はそれらに行くお金をけちってでもおいしいものを食べたい。本能がそう呼びかけるのだからどうしようもない。必然的にエンゲル係数が高くなる。

今回の旅行中、どこで何を食べるのかを決める担当だった僕は、失敗しないようにガイドブックを入念に読んだ。サンマルコ地区にある「アルモンドヌォーヴォ」はコースが25ユーロ。ガイドブックに乗っているベネチアのレストランの中では一番安かった。毎日漁師から仕入れるアドリア海の魚が自慢だそうだ。予想される味と値段を考えて、ここが一番よさそうだということになった。

ムラーノ島から帰ってきた僕たちは、汗ぐっしょりだった。夕食をとるまでにまだ少し時間があったので、一旦ホテルにチェックインし、シャワーを浴びてから夕食に再出発することになった。といっても、モモちゃんは少し胃が痛いというし、僕も昼ごはんがまだ残っていて、空腹感がない。とりあえずはシャワーを浴びて、ホテルの涼しい部屋で寝転がってみたものの、そのまま寝るわけにもいかないので仕方なしに外に出ることにした。僕たちの探すレストランはサンマルコ広場の近くにあるので、歩いたら結構な距離になる。歩いているうちにお腹がすいて、おいしい魚が食べられるようになればいいと思った。

僕たちは、ホテルからまた細い道を歩く。今度は、きちんと地図で自分たちのいる場所を確認しながら。夜は少しずつ更けていく。パリよりも南に位置するベネチアに夜が訪れるのは、ずいぶん早く感じられる。石畳の道が少しずつ陰りをみせる。運河は夜の光を浴びてきらびやかに輝いている。地図上どこを歩いているかは解っているつもりだけれど、暗さが僕たちを少し不安にする。モモちゃんの手を少し強く握る。

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探しているレストランに近いはずの、狭い通りを歩いていると、午前中歩いているときに見た怪しいレストランがあった。昼同様、ずれた調理帽を被った男が客の呼び込みをしていた。少年漫画に出てくる悪者のような顔をしていた。目は細く精彩がない。鼻と唇は大きく浅黒い肌をしている。小太りで背がずいぶん小さい。口だけはにこやかなのに目は全然笑っていない。パリでこの手のレストランを見つけたときは、まず気をつけたほうがいいことをわかっている僕たちは、通り過ぎようとした。しかし、念のために店の看板に目をやると「アルモンドヌォーヴォ」と書いてある。そこが僕たちが目指してきたレストランだった。

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僕はびっくりしてガイドブックに目をやる。客引きはここで間違いない、と言いたげな片言の日本語で僕たちを中に案内しようとする。いや、ちょっとやばそうやでこれ、と僕はモモちゃんにいう。そやな、ちょっとあやしそうやな、彼女が眉間に皺をよせる。しかし、ガイドブックに書かれた店は明らかにここだった。今まで、様々なぼったくり被害の話は聞いたことがあるけれど、さすがにガイドブックに載っている店で騙されたという話は聞いたことがない。その手の本は基本的に犯罪にあったり、不正な料金を取られないための情報が掲載されているはずだからだ。二人は顔を見合わせた。このレストランに来るために、わざわざ20分ほど歩いてきたこと、もう夜八時を過ぎていることを考えると、他の店を探すよりやはりここで食べるのが妥当なように思われた。まあ、とりあえず入ってみるか、僕たちはそう言いあうと、小男に誘われるがままにレストランの中に入った。


***


 店内は意外と広かった。デザートや魚が置いてある細長い通路を歩いていく。テーブルはいくつもあるが、客は全然いない。その先は大きな空間になっていて、たくさんのテーブルと椅子が並べてある。そこは部屋と中庭の中間のような感じだった。天井がなく、生い茂り、何重にも絡み合った木の蔓が屋根代わりになっている。といっても隙間から空が見えるので、雨が降ったらどうするのだろうと思った。地面は石畳でできていて、机も椅子も少し斜めに傾いていてなんだか頼りない。それでも客がちらほらいて、特に不満な様子もなく食事をしていたので僕たちは少し安心し、古い木の椅子に腰掛けた。

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僕の視線の先、壁には50センチほどの聖人像が飾ってある。おそらくは木の彫刻に彩色したものだ。イタリア人は敬虔なクリスチャンが多いと聞く。僕はキリスト教に詳しいわけではないけれど、彼らが神を信じているならば、さほど罪深きことはしないだろうと思った。聖人は無表情のまま僕の顔を見ている。ずっと見られ続けているような気になって目を伏せる。

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とりあえず食前酒はいかがですか、と若い黒人のウェイターが尋ねる。僕はずっと「アペロル」というオレンジのリキュールを飲みたいと思っていたので、それを頼む。モモちゃんも一度飲んでみたいということで同じものを頼んだ。

すぐにきれいなオレンジ色の透明な液体が運ばれてくる。数年前にヴェローナで飲んだアペロルに違いなかった。しかし、見たところ以前飲んだものの方が色が濃かった気がする。小さい解けかけの氷が2つ浮かんでいる。一口飲む。ほとんど味がしない。モモちゃんの顔を見る。少し俯きながら申し訳なさそうな顔をしている。自分の飲んでいるもの食べているものが好きではないときにする顔だ。眉間に皺を寄せている。このレストランに抱いていた疑念が、少しずつ確信に変わっていく。

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味気ない食前酒をちびちび飲んでいると、背の高いタキシードを着た給仕係がメニューを運んできた。この男も一見紳士を装いながら、どこか胡散臭さを感じさせる。それを証拠に、ケースに入っていた魚を持ってきて、高い料理ばかりを説明する。どこの日本人に習ったのかは知らないが、魚介類を指差しながら片言の日本語を話す。

「コレワ、スズキ、コレホタテ、コレエビ、コレタイ」

何かの呪文のような言葉に従って、メニューにある魚料理を探す。スズキ32ユーロ。ホタテ38ユーロ。オマールエビ45ユーロ。タイ34ユーロ。高すぎてとても手の出る金額ではない。

外国のことを知らないまま新婚旅行で来たのなら、ああ、この人日本語をしゃべってくれるのか安心した、と思うかもしれないが、こちらは長年フランスに暮らしているから、どういう顔を信じてはいけないかは心得ているつもりだ。僕は向こうの誘いにできるだけ乗らないようにしようと小さく決意する。とはいっても、もしかしたらいいレストランなのかもしれないという期待も拭いきれないでいることは確かだ。ガイドブックがわざわざそんなに悪いレストランを載せるはずがない。

「魚は要りません。まず魚介の前菜の盛り合わせを一つ。これは二人で分けます。それから、そのあと彼女にイカ墨のスパゲッティー、僕に手長エビとアサリのスパゲッティーをください」

とりあえずベネチアならではの魚介のスパゲッティーを頼んだ。実際イカ墨のスパゲッティーを食べることはかねてからの楽しみでもあった。できるだけ迷うそぶりを見せずに淡々と話す。その方が向こうの流れに乗らなくて済むからだ。何かを勧められて無言の時間が長くなればなるほど、向こうの術中にはまる確率が高い。隙を見せてはいけない。

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「かしこまりました。飲み物は?」

笑顔ですかさず訊いてくる。僕は魚介類にあう白ワインを少し飲みたかったが、「おまかせ」するのは怖い。とりあえずワインリストを見せてくれと頼む。もらったメニューを見ると、案の定ずいぶん値段が高く設定されていることがわかる。しかも給仕の男は一番高いワインを勧めてくる。ローマ近辺で作られた白ワインがハーフで38ユーロ。フランスのワイン専門店で超高級ワインが一本買える値段だ。レストランといえど高すぎる。結局ピノ・グリというブドウの品種でできたハーフボトルを頼むが、それでも19ユーロだ。パリでもそこまで高くない。夏のベネチア価格は限りなく詐欺に近いと思った。僕はメニューから顔を離し、再び聖人像を見上げる。頼り無さげな彼は、余り助けてくれそうにない。

背の高い給仕係が白ワインのハーフボトルを運んできた。注ぎ口を右手でつかむとそれをまわす。プチっという音とともに瓶が開く。驚いた。普通はコルクを抜かなければならないからだ。ところが、このワインは酢やオリーブオイルの瓶に使うような金属でできたキャップで栓をしてある。給仕係はそれを開けると平然とした表情で僕に注ぐ。フランスでこういうワインがあったら、まず間違いなく安物と見ていい。つまり僕たちは、安物のハーフボトルのワインに数倍のお金を払わされているわけだ。僕たちはここでやっと確信した。この店はまずい。

運ばれてきたスパゲッティーも、その確信を裏切らなかった。不味くはないが、決しておいしくはない。僕の頼んだ魚介のパスタには手長エビとアサリが入っていたが、エビは弾力がなく、アサリは少し風味が劣化していた。モモちゃんのイカ墨のスパゲッティーも具はほとんどなく、墨も市販のペーストを使ったのではないかという気さえしてくる。疑いが不信感を呼び最後に不満になる。「アルモンドヌォーヴォ」はイタリア語で「新世界」。けれどももちろんそんな所には行きたくない。

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今まで頼んだ分を計算してみる。食前酒の値段が載っていなかったのが怖くなる。一人25ユーロだった計算が、もう40ユーロ近くなっている。これから、どれだけ誘惑されても、もうこれ以上頼まないでおこう、と僕らは改めて確認しあう。すると例の呼び込みの小男に連れられて、入ってくるカップルが見える。僕はかわいそうに、と目を伏せる。

「そやけど、この店ひどいわ。25ユーロなんか大嘘やん。ボッタクーリやな」

僕がイタリア語の発音を真似てそう言うとモモちゃんが笑いながら加勢する。

「ほんまやな。クソッターレやわ。」

正確に言うとぼったくられたわけではないのかもしれない。しかし、料理に見合わない金額を支払わされたことは確かだ。黙って支払い出て行くのが悔しくって、僕らは彼らのわからない日本語で文句を言う。そうでもしないと気がすまないからだ。一度火がつくとどんどんエスカレートしていく。イタリア語っぽいイントネーションで、大げさな身振りをして、大声で僕は話す。

「イタリーアノ、ボラレーノでマンマミーアのセンプレ、ムカツキッシモやわ。オマエーラにダマサレータ、ボッタクーリやからクソッターレでカネカーエセ」

マンマミーアなど、相手がわかりそうな表現をわざと入れて少し周りの気をひいてみる。お酒が入っているので、歌うようなリズムで話すのが楽しい。モモちゃんは大笑いしていたが、周りの人が僕たちを見ているのに気付いたのか、時々声の大きすぎる僕を制した。

どれだけ大きな声で騒いでも、それは犬の遠吠えに過ぎなかった。デザートを断り、食後酒を断り、コーヒーも断ったにも拘わらず、前半の注文が響いて、僕らはやはり予算以上のお金をとられてしまった。「盗られた」と言ったほうが正確かもしれない。とはいっても、レストランの作戦もあまり上手く機能しているようには見えなかった。いちいち現物を持ってきて見せるこの勧め方が怪しいと思ったのか、周りの客のほとんどが勧めを断っていた。そのたびに、給仕係たちはつまらなさそうに目を見合わせ、持ってきたデザートや食後酒のサンプルをまた冷蔵庫の方に片付けるのだった。

中にはパンが乾いていて古いから替えろ、という客までいた。それが周りの客に聞かれ、注文に悪影響が出ると思ったのか、給仕係は強い口調で応戦していた。僕は朝歩いているときに見た、ベネチアのカーニバルの仮面を思い出した。一見きらびやかに見えるこの街も、きっと仮面を被っているに違いなかった。EU諸国に新しい通貨ユーロが導入されて数年。物価が高くなって、きっとどこも大変なんだろうと思った。外国人観光客が落としていく金に依存せざるを得ない状況を考えたら、素直に笑えない気もした。

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レストランを出ると僕たちはまた来た道を引き返し、リアルト橋から船に乗った。無数の豪奢な光が河の両岸に連なっている。ほとんどがホテルかレストランだ。光は川面に映し出されて伸びるようなきらめきを見せている。僕は揺れる船からそれを見ていた。揺らいで不安定な光は、船が作る水のうねりに今にものみ込まれてしまいそうだった。大きなモーター音を鳴らして進む船の揺れに身を任せながら、この頼りない光を見ているうちに、レストランであれほど饒舌だったはずの僕はすっかり無口になってしまった。

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酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 1. 僕の夢
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 2. 解放と警戒
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 3. のどかな午後

Nanetteちゃんが綴る『酩酊と饒舌のあいだ-Rosso-』はこちらから。
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 1. 彼の夢
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 2. 解放と警戒
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 3. のどかな午後
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 4. ぼったくり
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 5. 一日中、海を見ている暇はない

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by hiramette | 2009-09-10 02:53 | 小旅行