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料理にワインに競馬に文学。F氏のフランス滞在期


by hiramette

酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 3. のどかな午後

3.のどかな午後〜Un pomeriggio quieto
 
なかなか海は渡れなかった。船着場の方に向かうはずが、歩いても歩いても海は見えない。余りにも道が細く曲がり角が多く、その先に何があるのかは、実際曲がってみないとわからない。結局、どこを歩いているのかもわからなくなっていく。

けれども、この道に身を任せるのも悪くはない気がした。ここに行って、次にそこに行って、それからあそこにも行く、という旅行は確かに効率よく回れるだろうけど、気疲れもする。出張のような旅行をするよりも、バカンスらしいのんびりした午後を贅沢に過ごしたい。それに、フィレンツェに行ってからは行くところをもうたくさん決めてある。ここベネチアで目的地があってないような午後を楽しむのもいいだろう。

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歩いていくうちにどんどん汗が出てくる。それと同時に、昼間に飲んだワインも体から少しずつ抜けていく。浮遊しているような感覚が、一歩一歩石畳を踏みしめるような感覚に戻っていく。少しずつ重力を取り戻していくような感じ。モモちゃんは相変わらず黒い日傘を差している。僕はとなりでその傘の先に当たらないように気を配りながら歩いていく。

「エノテカボルドリン」を出てしばらく歩いていると、ジェラート屋さんを見つけた。モモちゃんが食べたいと言う。僕はさっきの店で、残っているものも全部食べたので、さすがに食べる気がしない。そう彼女に告げると、小さいやつにするわ、といってカウンターのおじさんのほうに近づいていった。ティラミス味のジェラート。なかなか濃いものを選んできた。女の子のお腹は不思議だ。もうお腹いっぱいという台詞のあと、平気で甘いものを平らげる。それは、後に食べる甘いものも考慮したうえでの「お腹いっぱい」なのだろうか。モモちゃんは嬉しそうにジェラートを食べながら、一口要る、と僕に尋ねる。僕のお腹はそれほど消化がよくない。時々彼女がうらやましくなる。

そこから、僕たちは広い通りに出た。昼食を食べる前に通った人気の少ない通りとは打って変わって、またみやげ物店の多い、にぎやかな道を歩く。絞りたてのジュースを売っている出店や、日傘と帽子を売っている売店の前を歩く。モモちゃんは、フランス映画で見た「パネトン」という名前のお菓子を見つけるんだ、といってパン屋さんを通るたびに、パネトン、パネトンといいながらガラス越しに並んでいるパンを眺める。オリーブの実がたくさん入った巨大なパンを見て、また僕は満腹になる。

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やっと運河が見え、水上バスの駅が見えた。僕たちはそれがムラーノ島へ行く船の停留所なのかどうかを案内図で確かめてみる。確かにムラーノには行くが、僕たちのいる場所は朝降りた鉄道駅のすぐそばだ。知らないうちに僕たちはベネチアを一周してしまったわけだ。もう午後の三時を過ぎている。あいだにはさんだ昼食を除いても、5時間近く歩き続けたことになる。

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僕たちは、船を待っていた。停留所は陸ではなく、プレハブ小屋のような建物が河の中に浮かんでいる。疲れていたのでそこにしゃがみこむと、足元からぐらっときて、僕の体も停留所にあわせて揺れるのがわかる。船が近づいてきた。揺れがさらに大きくなっていく。船が停留所と接触するおとが、ごっ、と鳴る。接触というより衝突という感じだ。こんなんで大丈夫かな、と少し心配になる。

本当は、停留場で一日券を買いたかった。ベネチアは明日の午後に出るので、丁度いい計算だった。でも、停留所は無人で自動券売機すらなかった。船が停まると、急いで縄をかけたり、扉を開けたりしている車掌さんらしき制服を来た女性に、中で券が買えますか、と聞く。はい、と女性は頷く。一日券は?女性は首を横に振る。僕らは顔を見合した。でも、ずっと待っていても仕方ないし、他の停留所までまた歩くのは疲れる。こうして、僕らは船に乗り込んだ。

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緑色のチケットにはACTVと白い字で書いてある。汽船会社の名前だろうか。その下には曜日と日付、時間を表す表があって、車掌はそこに穴を開けた。8月、25日、15時、15分。4つの小さい穴が開く。これから一時間有効のきっぷ。6ユーロ50。確か一日券が18ユーロほどだったから割高な感じだ。ついつい値段を見て細かい金勘定をしてしまう。水上バスは唸るようなエンジン音を出しながら、河の中を進んでいく。しばらくすると海に出た。小さな窓から入って来る潮風を少しだけ浴びながら、60人乗りほどの小さな船はムラーノ島へと向かう。

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***


島に着くと、ベネチア本島のミニチュワのような風景が広がっている。川沿いに店が立ち並んでいるが、のどかな感じだ。ただ、みやげ物屋よりは本格的なガラス工芸品を置く店が多い気がする。店内も本島よりも高級な感じがする。

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僕たちはみやげ物が欲しいわけでもないのに、いろいろな店に入った。店内には冷房があるからだ。少し涼んでから出ては、また熱くなったら違う店に入る。途中でモモちゃんが冷たいジュースが飲みたいと言って、小さいタバコ屋に入った。

「あんまり大したもんないわ」

店内からモモちゃんがい言う。僕も近づいて見ると、コーラやスプライトなどありきたりの物ばかりだった。なんか、イタリアっぽいもんがよかってんけどな、とモモちゃんがつぶやく。そのとき、冷蔵庫の下の方に目をやると、「アクエリアス」を見つけた。日本では馴染みがあるけど、フランスで見かけたことはない。急に懐かしくなって、アクエリアス買ったらええやん、と彼女に勧めてみる。熱い夏、少年野球の練習のあと飲んだ冷たい一口を思い出す。モモちゃんはそれを買うと、よく子供がする、家鴨のような口をして、一気に半分以上飲み干した。僕に手渡して、はい欲しい 、と聞く。順序が逆やろ、と思いつつも、とりあえず受け取ってから、うんもらうわ、と答える。大口を開けて、ぐっと飲む。パリよりもイタリアの方が、ずっと日本に似ている。

ブティックも少なくなってきたので、僕たちは教会に入ったり、町中にある水道で頭を洗ったり、二人で川沿いに腰掛けて、海の中に両足を浸けてみたりする。小さい河の向こう岸にある教会を眺める。

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しばらく歩いていると、灰色のねこに出会った。犬にはずいぶん出くわしたのに、ねこに会うのはイタリアに着いてから初めてだ。猫は少し警戒した様子で、身をかがめて僕らの方に近づいてきた。

モモちゃんはねこが大好きで、少女のような顔でその子に近づいていって、挨拶をすると、しゃがんで同じ目線で体を撫でた。あんた、名前なんていうの、あたしはモモちゃん。こんにちは。僕は彼女とねこの会話を聞いている。フランスの女流小説家、コレットを専門にしているモモちゃんは、ねこ好きな彼女に惹かれたらしい。コレットにしてみたら、人間よりねこのほうが偉いねん、なんか私それわかるわ、と以前僕に言った。僕は犬に似ているから「コロちゃん」と彼女は僕を命名した。周りの人がその名前を聞いてどう思うかは知らないけれど、動物を人間以上に愛している彼女が犬好きの僕にくれたこの名前を、結構気に入っている。

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ねこと彼女が戯れている写真を僕は何枚か撮った。モモちゃんはカメラの確認画面に写った、自分とねこの写真をみると、満足そうに微笑んだ。近くにおじいさんが座っていたので、そのねこの飼い主だと思った。何か言っているので近づくと、握手を求めているのか手を差し出す。僕も差し出すと、それを支えに起き上がり始めた。モモちゃんももう片手を持って手伝ってくれる。なんだ、支えて欲しかったのか。彼は何か言っていたが、その言葉の意味がわからなかったのが残念だった。

意味もなく目の前にある道を進んでいくと、人気の少ない通りに出た。小さい小学校があって、子供たちの声が聞こえた。その先を歩いていくと、おばあさんが二人話をしていた。太陽が差し込む。ポップスのような音楽が、どこからか聞こえる。カラフルな洗濯物が干してある。日常のベネチアは気持ちいい。

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僕たちはついに海に出た。といっても小さい桟橋だ。先客がいた。50歳ぐらいの小太りのおばさんと、青いデニムのベストをきた海を見るおじさんと、犬。おばさんとおじさんは無関係のようで、離れたところに座っている。おばさんは桟橋の陸に近いところで目をつぶって胡坐をかいている。仏像のように、両手で、それぞれ人差し指と親指で小さい輪を作り、それを膝の上においている。ヨガの練習か、それとも瞑想しているのか僕にはわからなかった。おじさんは散歩に連れてきたジャックラッセルと遊んでいる。犬は、海の水面を覗こうとしたり、首をちいさく傾げたりして、落ち着かない様子だ。僕は以前パリで飼っていた同じ種類の犬を思い出す。学生寮で禁止されていた犬を僕はこっそり飼っていた。名前はべるちゃん。フランス語でBelleは「美しい」の女性形。『美女と野獣』のベル姫からとって名付けた。僕のべるちゃんはなかなかの美女だけど、同時に野獣でもある。おじさんの子犬が水面を覗き込むのをみていると、べるがパリ郊外のソー公園の湖にはまったのを思い出して、笑ってしまう。

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犬とおじさんが帰ってしばらくすると、桟橋が静かになった。思わず寝転がってみたくなる。少し照れながら僕はモモちゃんをみて、膝枕して、と甘える。
ゆっくり横になる。柔らかい腿に頭が沈み込んでいく。見上げると吸い込まれるような青だった。目を瞑ると海のにおいがした。僕は彼女の膝元に手を当てる。

しばらくして、僕たちが起き上がって出発しようと、もと来た道に向かって歩いていくと、さっき瞑想していたおばさんは目を開けていた。僕たちにむかって、人差し指と親指で小さい輪をつくったままの右手をあげて、小さいウインクをして微笑んだ。

僕は膝枕してもらっているのを見られていたのかと思うと急に気恥ずかしくなって、小さい苦笑いを返した。頭の中でこんなフレーズが思い浮かんだ。

「おばさん、もうすこし集中しないと練習になりませんよ」



バックナンバーはこちらから。
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 1. 僕の夢
酩酊と饒舌のあいだ-Bianco- 2. 解放と警戒

Nanetteちゃんが綴る『酩酊と饒舌のあいだ-Rosso-』はこちらから。
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 1. 彼の夢
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 2. 解放と警戒
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 3. のどかな午後
酩酊と饒舌のあいだ-Rosso- 4. ぼったくり

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by hiramette | 2009-09-06 04:30 | 小旅行