料理にワインに競馬に文学。F氏のフランス滞在期


by hiramette

シャトレのラストダンス


パリの地下には、いろんなアーティストがいます。ヴァイオリンを片手にクラシック音楽を奏でる人、アコーディオンを弾きながらパリに染み付いたシャンソンを歌う人、アコースティックギターを片手に、センチメンタルな歌を歌う人。正式には地下鉄を運営するRATP(パリ交通公団)のオーディションを受け、許可をもらって演奏しているそうです。

その中に、一人のドラマーがいます。毎晩シャトレ駅のRERのホームにいます。ドラマーと言えば聞こえはいいけど、本当は割り箸のような棒と、古いCDラジカセを持っただけのおじさん。顔は黒く、髪は伸ばしっぱなしです。地下鉄の待合のベンチが太鼓代わり。両腿にCDラジカセを挟んで、民俗音楽を奏でながら、ひたすら棒でリズムを刻み続けます。おそらく無許可でやっています。でもそれが、彼の立派な自己表現なのです。

金儲けでやっていると言うよりは、むしろ好きでやっているみたい。他人が興味を持とうが、無視しようがリズムを刻み続けます。どうやって生計を立てているのかわからないけれど、毎晩この時間になると、同じシャトレのホームにやってきて、音楽をかけながら、プラスチックの椅子の太鼓を叩くのが日課なのです。

今夜も、僕は帰り道、いつものようにリズムを刻むこのおじさんを見かけました。
すると、そこに地下鉄から降りた二人の若い女の子。どうやら旅行者のようです。おじさんのドラムのリズムに合わせながら、小さく腰をくねらせリズムを取り、一心不乱に棒を叩く男に少しずつ近づくと、素直な笑顔で尋ねました。

「おじさん、レゲエの曲はないの?」

「いや、このカセットしかないんだよ」

「おじさんはどこから来た人なの」

「モーリシャスだよ。君は?」

「あたしたちイタリア。大学で歴史勉強してるの。いまはバカンス」

「そうかい」

「おじさん、その曲でいいから、ドラム叩いてよ。踊るから」

そのことばを聞くと、おじさんは少しボリュームを上げて、少し、お国自慢をするかのようにモーリシャスの音楽を奏でながら、顔を縦に振り、両手に持った棒を鮮やかに叩き始めました。

二人の若い女は、おじさんの顔を見て笑いながら、腰をくねらせ、手でリズムを取り、時には回転しながら踊ります。真夏に咲く花のようです。地下の重い匂いや、薄暗い空気がかき回されて、そこは少しのあいだ、観客のいないダンスホールになります。

0時19分、音楽を打ち消すかのように、RERがやって来ました。サンジェルマン・アンレー行き。終電から数えて2番目です。僕は彼女たちの様子を眺めながら、それに乗り込みました。女の子たちは、おじさんにありがとう、とお礼を言い握手をして、僕と同じ車両に乗ります。ラストダンスを終えた女の子2人と、片手ずつで握手したおじさんは、電車に乗る女の子を見ながらCDラジカセのボリュームをさらに上げました。そして、その音楽が列車に乗った彼女たちに届くように、右手左手を機敏に、力強く動かしました。

電車は動き始めます。女の子たちは手を振ります。おじさんは、笑いながら棒を振ります。こうして、ほんの2分間の出会いが、永遠の別れになります。

けれども、おじさんはきっとあの屈託のない、女の子の手のぬくもりを忘れることはないでしょう。そしてまた女の子たちは、自分の国に帰って、いつか重い地下の空気を、埃が舞うのを感じるとき、ふとあのモーリシャスからきた、おじさんのことを思い出して、微笑むのでしょう。

太鼓のリズムが、より躍動感に満ちて聞こえたのは、きっと僕の気のせいではありません。今日に別れを告げるたった2分のラストダンスが、ほんの瞬間の、しかしくっきりとした記憶になって、きっといつの日か未来の彼らを少しだけ支えるのかもしれません。

おじさんは、明日も2人の女の子のダンスを思い出しながら、駅の構内で時を刻み続けます。ベンチの椅子を太鼓代わりに。

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by hiramette | 2009-08-13 05:34 | 日常