料理にワインに競馬に文学。F氏のフランス滞在期


by hiramette

パドックの人びと④

④夢のかけらを入れる袋

パドックの外側ににいる人びとが観客だけかと言えば、そうではありません。例えば、観客がレースを見に行っている最中や、レース終了後にゴミを集めて回る清掃係の人たちがいます。サンクルー競馬場は、馬券売り場とパドックが隣接しているので、付近にはたくさんのハズレ馬券が散乱しています。それを拾い集めるのが、掃除をする人たちの仕事の一つです。

今日は、その中の一人でアフリカから来た黒人の青年のおはなし。彼と僕とが出会ったのも、サンクルー競馬場のレース後の、塵が散乱したパドックでした。

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彼がどの国から来たのか僕は正確には知りません。アラブ系の顔立ちではなく、いわゆる黒人さんなので、アフリカ中部あたりから来たのでしょう。名前も一度聞いた気がしますが、あまりに聞きなれない名前なので忘れてしまいました。フランス語に強い訛りがあるのと、流暢にはしゃべらないことから、おそらくはフランス語圏出身ではないか、フランス語教育をそんなに受けられる環境になかったかのどちらかだと思います。

日本もそうですが、フランスの競馬場には外れ馬券がひどく散らかっています。びりびりに引き裂かれてあったり、馬番を隠すように何重にも折ってあったり。馬券の種類もいろいろで、単勝、複勝、馬連、ワイド、それに、総ながし、ボックス、三連単に五連単もあります。額は、下は2ユーロから上は数百ユーロまで。

そこには様々な人の欲望やエゴ、ゴール前で消えた夢が、ちぎれて残骸となって散らばっています。全てをあわせるととんでもない額になる紙切れを、単に「ハズレ」と一言で片付けるのは、恐ろしい気がします。

 実際、一度Fがロンシャン競馬場で2000ユーロのはずれ馬券を拾い、僕に見せてくれたことがありました。その紙を、レース中に握り締めて興奮していた人のことを考えるとぞっとしたものです。昔、パレロワイヤル近辺のルーブル骨董品街で見た、赤色のカラフルな紙幣を思い出しました。第二次大戦中に日本軍が侵略した東南アジアで作り、戦後すぐにただの紙切れになったものでした。

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様々な数を消費し、それを一部の人にしか還元しないレースというシステム。人間に意見の相違があり、自分と他者を区別し、自分が優位に立ちたいという根源的な考えが、この場所を成り立たせています。ただ、ここは偶然が支配する場所。貧乏でも勝つし、金持ちでも負ければ敗者です。そのような立場の逆転を可能にするからこそ、ここで人は危険な快感を覚えるのかもしれません。

青い清掃服に身を包んだそうじの兄ちゃんは、ハズレ馬券をひたすら拾い続けます。塵も積もればなんとやら、というけれど、彼は本当に文字通り塵を集めることで給料をもらっているのです。彼が外れた馬券を入れるビニール袋は、想像上の動物バクの如く、レースが終わるごとに人の悪夢を黙々と食い続けます。他人が捨てた欲望をひたすら拾いながら、兄ちゃんは何を考えているのでしょう。自分の夢のことかもしれません。

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彼はいつもここで働いているわけではありません。毎日同じ場所で競馬が開催されるわけではないからです。彼と何度か話して仲良くなった頃、他の日はどうしてるの?と尋ねてみました。すると、サンクルーとメゾンラフィットで競馬をしている日だけ通って働いている、と言いました。それ以外のパリ近辺の競馬場は、彼が働く清掃業者の管轄外らしいのです。競馬場で仕事のない日は、別の清掃会社で働いていて、オフィスの掃除をやっているのだと教えてくれました。彼のアパートは、物価の安いパリの東の端ヴァンセンヌの森の近く。サンクルーもメゾンラフィットもパリの西の郊外で、仕事あるごとにパリを横断します。

僕の顔を見つけるたびに、彼は満面の笑みで握手を求めます。そして、今日はでかいの当たった?と聞くのが口癖。最初は、いや馬券は買わないんだ、と言っていましたが、あんまり同じことを聞くから面倒くさくなって、そのうちオリビエの勝ちっぷりにあわせて、今日はいいよとか、まあまあだねとか、全然駄目だね、などと言うようになりました。どんな結果を告げても、彼は、まあ頑張れよと笑いながら肩を叩きます。純朴で素直な白い歯です。

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一度だけ、私服の彼にサンクルー駅で会ったことがあります。その時彼は彼女と一緒で、競馬場へ向かうところでした。単に競馬をしてみたかったのか、自分が働いている場所を彼女に見せたかったのかはわかりません。

そのとき僕は、ガロリーニ厩舎のインディゴ・ブルーを応援するために、ものすごく急いでいて、タクシーを捜していました。そして、金持ちでもないのに、生まれて初めて、競馬場に行くのにタクシーに乗りました。その際、彼らを見つけた僕は一緒に乗るよう勧めました。そのときの彼は、本当にうれしそうでした。競馬場の前で降りるとき、貧乏学生に似合わないタクシーから降りる自分が、働いている彼から感謝されることに変な罪悪感を感じ、周りの人に見られるのも妙に気恥ずかしかったのを覚えています。

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僕は、そんな彼に恩返しをしてもらいました。忘れもしない去年の夏です。6月の月曜日、僕は草の匂いと太陽の光に誘われて、サンクルー競馬場に来ていました。前日ディアーヌ賞で大好きなゴールディコヴァちゃんが3着に終わったのが少し残念ではありましたが、それでも騎乗したオリビエはすばらしい競馬をしたので、満足していました。

するとレース前、馬に乗ってパドックを周回するオリビエ・ペリエ騎手から、急に声をかけられました。「プレゼントがある」と日本語で言うのです。「あとで」という言葉を頼りに、レース終了後ジョッキーの出口の前で待っていると、彼は当日レースで着用していたジョッキーパンツをくれたのでした。

僕は、思いがけないプレゼントに歓喜し、また興奮して言葉を失っていました。でも、落ち着いて考えると、手ぶらできていたので、それをしまうリュック・サックも袋も持っていないことに気づきました。せっかく泥や汚れのついたジョッキーのズボンをそのままの状態でとっておきたいのに…。

そんな時、そうじの兄ちゃんが通りかかりました。自分に起こったことを一息に話し、何か入れるものを持っていないかと尋ねました。すると、彼はいつもの笑顔でOKと言い、例の仕事用のハズレ馬券を入れるビニール袋を持ってきてくれました。こうして、少し大きすぎではあるけど、僕はそこに貰いたての宝物を入れて帰りました。余りに天気がよく爽快で、サンクルー競馬場からセーヌ川の辺まで行って川沿いに歩きました。暑かったのか、兄ちゃんのくれたビニール袋をしっかり握りすぎたからか、手が妙に汗ばんでいたのを覚えています。

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こうして、僕は今でも、この青い作業着を着て働く友達に会うのを楽しみにしています。調子が良い時も、まあまあの時も、全然駄目でも、夢のかけらを拾い集める彼の顔を見ると、一緒に笑えるような気がするからです。

明日は、メゾン・ラフィット競馬場に行ってきます。久しぶりに、パドックで彼に会えたらいいなと思っています。

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by hiramette | 2009-07-17 20:15 | 競馬